SPECIAL EDITION

SPECIAL EDITIONは日替わり月替わりのメンバーで毎日更新予定📖いろんなひとに読んでもらえたらいいなと思っています。みんなの毎日にぜひよろしくね。

ロックバンドをストレートで。 /ヨシオテクニカ

ここだけの話といえば偏愛とか性癖とかを開陳するのがいいのではないか、というご意見をいただく。
たしかにそれはいいかもしれない。じぶんで認識している偏愛や性癖(嗜好や傾向)を書くとここだけの話感がでるのかもしれない。ならばチーズが苦手な話をすればいいのか、餃子を醤油のみで食べてしまう話をすればいいのか、だけどそれだと140字以内に収まってしまう気がする。それ以外だと、これは書けないなと思うこともけっこうある。なので(なので?)、穏当なところで、音楽において僕がいだく偏愛について語ってみることにする。
というわけでここだけの話、きょうは音楽への偏った愛の話をしてみたい。

 

  ドラムがハナだ
  しっかりやってくれ
  ベースがカナメだ
  しっかりやってくれイエーイ
  ギターとピアノは跳ね回ってるだけさ
  バンドは今夜もここでやってるぜ
  「MTRY」奥田民生

 

音楽ではロックがとくに好きで、その理由のひとつは、それがドラムとベースとギターとボーカルという四つのパートだけで表現ができるから。
もちろん上記の引用で民生も歌っているようにロックには他の音だってしばしば存在していて、ピアノもオルガンもシンセサイザーもストリングスもホーンもブルースハープグロッケンシュピールもその他もろもろも取り入れられている。
ロックという音楽は時代に合わせて転がりつづけ、どん欲に他のジャンルからスタイルや技法を取り込んでいくという性質があって、これという決まった型を有していないのがその特徴とも云える。でも、きっと異論はあるのだろうけど、僕はドラムとベースとギターとボーカルがロックミュージックを織りなす音の要素の軸であり核であり基本形であると思っている。

 

ドラムとベースとギターとボーカルがそろえばロックができる。
そして、そんなおなじ楽器を奏でてもそれを鳴らすひとたちが、バンドがちがうだけで出てくる音がまったくちがってくるところがとてもおもしろいしたのしいし興味深い。
たとえばこんな妄想をすることがある。ある架空のロックフェスがあって、そのステージにはドラムとベースとギターとマイク(それとあとBOSSのいくつかのエフェクターがあってもいいかもしれない)といった最小限の機材が置いてある。そこにバンドが手ぶらでやってきて、妄想だから好きに選ぶけど、OasisRed Hot Chili PeppersRadioheadRage Against The Machineなんがやってきて、それぞれステージに置いてある楽器をつかって演奏をする。そうするとみんなおなじ楽器をもちいたとしても、各々の音もバンドの音も全体の表現もぜんぜんちがうものになるはずだ、なんて妄想をするし、ほんとうにそうなるのかを確認したいがために、やっぱり観てみたい。
おなじ絵筆で描いても、おなじペンで書いても、まったくちがう風景や物語がうまれるように、どうしようもない差異を見せてほしいなと思う。

 

ただ、いまやドラムとベースとギターだけで構成されたトラックは「シンプル」なんて評されそうな向きもあるし、完全に僕の観測でしかないのだけど人気のある流行りの編成ではもちろんないような気はする。
ロックにおいては60年くらいまえからあるフォーマットだからたしかに古いのかもしれないし、話は飛躍するけれどそんなオーセンティックなロックバンド像は、近い未来に伝統芸能みたいな立ち位置になっているのかもしれないなと思ってしまう。というか、もしかしたらもうなりかけているんじゃないかと弱気にもなる。

 

ドラムとベースとギター以外の楽器をいったん考えから外してしまうのはなぜだろうか。バンドのかっこよさを僕に最初に教えてくれたLUNA SEAGLAYもL'Arc-en-Cielもピアノやシンセサイザーやストリングスやホーンで曲をたくさん彩ってきたというのに。
ドラムとベースとギターのみの構成にどうしても引き込まれてしまう理由を考えて、みっつほど思いつく。
ひとつめは、たぶん僕がなんとか把握できている楽器がその三種(とボーカル)だということ。ギターとベースはいちおう弾ける。ドラムはほとんど叩けないけれど打ち込むことはできる。それぞれの楽器の働きや役割はある程度理解できている。だから鑑賞するうえでそれらが見晴らしよく聴こえることをどこか期待してしまう。
ふたつめは、じぶんがその編成でバンドをやっていたということ。だからその組み合わせでのおいしいところも限界もすこしは解っているつもりでいて、たとえばそんな限界をアイデアで突破していこうとする姿勢なんかにすごく痺れたりもする、ドラムとベースとギターだけでいかにありきたりさを打破しオリジナリティを獲得していくかという発想や手法にとても興味がある。
みっつめは、僕が密かにギターこそがロックの主役であるとこっそり思い込んでいるということ。エレキギターがいちばんかっこよく響き、魅せることができるのがロックミュージックというジャンルだと思っているし、ロックの歴史は同時にエレキギターの歴史でもあった、なんて思ってしまっている節もある。これはたぶんに偏っている考えだという自覚はあるし、それにエレキギターはもうロックの主役ではないような気もしている。でも、ドラムとベースからなる土台のうえでは、ギターがかっこよく目立って響きわたって欲しいという願望がやっぱりどうしたってある。
このあたりがロックのなかでも、とくにドラムとベースとギターのみで成り立つタイプのものに心惹かれる理由になるだろうか。

 

ここでBUMP OF CHICKENを例にとってみたい。このバンドはたぶんご存じのとおりドラムとベースとギターという楽器の編成でライブハウスから世に出たバンドなのだけど、徐々にその基本セットのロックバンド楽器(造語です)以外の音ももちいるようになってきた。
メジャー1枚目の『jupiter』まではシンプルなフォーマットのままなのだけど『ユグドラシル』からはささやかにいろいろな楽器の音が足されていき、『RAY』以降はシンセサイザーを大きめに使うこともあたりまえになってくる。
この変遷にはいろいろな経緯や志向があると思うのだけど、正直に本音を云うとストレートなロックバンドの音のつくりを好む身としては一抹の寂しさがどうしたってあるし、まだドラムとベースとギターだけの表現を期待してしまうところもある。
シンセサイザーやストリングスによる音のひろがりは耳ざわりのよさを呼んで時に無骨なロックバンドのサウンドを柔らかくすることができる。なので大衆性を得たり大きな会場でライブをするのであればそれは必要なオプションなのかもしれない、そんな気がする。
近年の曲たち、シンセサイザーで煌びやかに彩られた「虹を待つ人」も「ray」も「GO」も「Butterfly」も「Aurora」も「記念撮影」もエレキギターだけではまず届かないようなスケール感を湛えていてバンドの飛躍の一助になっている要素だとは思う。一昨年東京ドームで観たこのバンドのライブでも演奏されたそれらの曲たちは、とてもひろい会場に臆せずにおさまっていてこれは必要な選択だったんだなと思い知らされた。
でも、なのに、そのライブで僕の胸を強く打ってしまったのは四人だけの、ドラムとベースとギターだけで構成された「天体観測」であり「真っ赤な空を見ただろうか」であり「ガラスのブルース」でありアンコールにて準備なしで急に演奏された同期無しの「花の名」だったりした(たどたどしいところも含めて最高だった)。
隙間があって綺麗じゃなくてサステインはずっとはつづかない、どうしたって限界や制約のある音の組み立てでの表現を生で観れてよかったと思ってしまったし、そういうのをもっと演ってくれと思ってしまった。

 

締めたいと思うのだけど、どうにも偏見に満ちた考えを記してしまった気がするし、じぶんでじぶんの意見の脆さや矛盾を指摘できてしまうという情けない思いもある(文章を書くとき、せめてじぶんでじぶんに突っ込めるところがないようにしようとしているのだけど)。
それでも「ここだけの話」というテーマに甘えて、普段思っているけどなかなか口には出せない偏愛を言葉にさせてもらった。
これからもどんなにロックが進化しても変化しても、でも僕はこういうスタイルを求めつづけてしまうという気がするし、ずっと聴いていたい。ロックバンドをストレートで。

 

  ロックンロールに必要な物はスピード
  ロックンロールに必要な物はビート
  ドラマーとベースグイングイン
  ギターギュイーン
  「Rock'N'Rollが必要だ」O.P.King

みずいろ /やさしさ

 物心ついたときからずっと、みずいろがすきです。23歳になった今でも、家具から細かな生活用品まで、気がつけばパステルの青色をしたものばかり選んでしまいます。

 

 

 みずいろのランドセルがほしかったけれど、おさがりの紺色の無難なやつで通学した小学生の頃。入学式の写真を見返すと、心なしかムスッとした表情のぼくが写っているのはそのせいかもしれません。淡い青のそれを背負って歩く同級生が羨ましく思えて仕方のなかったことを覚えています。

 

 高校生になって、はじめて買った楽器はソニック・ブルーの安いストラトキャスター。貯めていたお小遣いを崩して手に入れたそれを抱えていると、なんだか不思議な安心感があって。それからというもの、手にするギターやベースの類はほとんどみずいろのものばかりです。

 

 

 何か思い切ったことをしてみたくて、髪の毛をみずいろに染めたのは20歳の夏頃でした。

 ライト・ブルーの染料は2, 3日もすればすぐに色が褪せてしまったけれど、きれいな青色を纏っていた僅かな時間だけは、自分のことを愛おしく思えて。暫くのあいだ、鏡にうつるあざやかな淡青ばかりみていました。

 

 

 髪の毛を染めたあとすぐ、待ち合わせの場所へ、空の色をしたハイカットの靴を履いて向かいました。すこし涼しい日の夕方で、駅前ではアドバルーンが穏やかな風に揺れていました。

 

 

 午後5時過ぎ、いちばんすきなひとが、みずいろのぼくをみつけて「みっけ!」と言った瞬間のこと、なぜだか忘れられません。それから、ぼくの髪に触れた手のひらに、うっすらと染料のブルーが滲んでいたことも。それを傾きかけた日に透かして、数秒、そのひとは笑ってみせました。いまでもその光景を、まぶしい青のきらめきを、ぼくは鮮明に思い出せます。


 つぎの朝にはライト・ブルーはすっかり抜け落ちてしまって、それからぼくは淡青を身につけるのをやめてしまいました。

 あれからもうずっと、夏がこないままです。

 


 今日の空は晴れていて、みずいろで、とてもきれいです。

ここではない(絶望も希望も無い)どこか /りょー

数年前、精神病棟に入院していたことがある。


キッカケは親の介護による親戚とのゴチャゴチャで何故か馬乗りで顔面アザだらけまで殴られたり、隣人トラブルやらだけど

病院に送られ、先生から数十分ほど問診を受け、最後に「入院しますか?」と質問。正直、あの時に断っていたらより最悪な事態になってただろう。少し時間を置いて首を縦に振った(これが後々良かったことになるのだが)。

初めの数日は「裏部屋」とか呼ばれる隔離室に。本当にドラマやらコントで見たまんまの部屋だ。あるのはベッドと和式トイレだけ。首吊出来ないようにトイレにドアは無く、そのせいでずっと臭い。ときどき別の隔離室から大声でのたうち回るが聞こえたりもした。多分ベッドに拘束具で手脚を縛られてるのだろう。まぁ精神が衰弱しきっており、夢か現か幻かも分からずなので、それどころではなかったが。時計もないので時間も分からない。決まった時間に食事が配膳されるので、それで把握出来るぐらいだ。天井にカメラがあるらしいので、何かあったら大声で叫べば看護師さんを呼べるらしい。一回も使わなかったが。とにかく、おそらくこの世で最悪にかなり近い場所だった。

数日後、裏部屋から解放された。ずっとボーッとしていたので暴れる心配は無いとの判断なのだろう。しかし、本当の地獄はここからだった。

連れて行かれたのは約30人ほどの入院者たちが集まる大部屋。看護師さんたちが働いてるのが見えるので、"何か"あった時にはすぐ呼べるようになってる。テレビも2台あり、本も乏しいがいくつかある。そこだけ書けば中々悪くない場所だ。
が、とにかく雰囲気がキツい。ものすご〜く淀んで停滞感が漂っている。病院だから当然っちゃ当然ではあるが、自分には耐え難いアノ感じ。1日の楽しみといえば食事くらいしかないが、もちろん病院食なので味はお察し… 言うまでもなくスマホも取り上げられてるのでTwitterも出来ない。
そこには(パブリックイメージな?)暴れたりする入院者はいなかった。暴れたすぐに裏部屋行きだからだ。まぁテレビ前のソファーに鼻クソ擦りつけたりするのもいたが…

真綿で首を絞められてる。一言で表すとそんな感じ。老人ホームに親の見舞いに何度か行ったことがあるが、あそこに近い。ゆっくりだけど確実に死に向かってる雰囲気。入院から退院まで結局変わらなかったのは、時間が全く進まない。歳を重ねると時間が早く感じるとはよく言われるし実際入院前はそうだったけど、まぁあの空間は本当に異質だった。やる事もとい、やれる事がないのがこんなに苦痛だとは。そして停滞感がキツくてやる気も確実に削がれていく。本棚に何故か「うさぎドロップ」のワイドコミックが全巻揃っていたので読破した(アニメは見てたけど、後半唐突に変わりすぎでビビった)が、他の本は読む気になれず。また時の経つのが鈍足な日々。

独りでダメだと結局は他者とのコミュニケーションを求めてしまう。一応は(比較的重度ではない症状で意思疎通のできる)入院者と数人仲良くなれた。
例えば近い年齢の男A君。独り上京して音楽専門学校を卒業して、YUIのバッグバンドでドラム叩いてたとか(正直このへん胡散臭いが)。その後何やかんやホストに転身。更に何やかんやあって太宰よろしく女性と車で海に突っ込んだけど何とか助かり、ここへ入院したらしい。見た目は人懐っこくでホストだったとは思えないが。でもエアドラムの動きは一応経験者(プロ並みかどうかは分からないが)に見える。
同じく、近い年齢の女性Bちゃんは名古屋から来たらしい。タクシーで。東京まで。大阪にも病院あるだろうに、いくら掛かったのか、というかドライバーの反応は、とか訊きたいこと山積みだが何となく訊けなかった、何となく。
歳上の男性Cさん。優しいお父さんという感じで、何でこんなところにいるのか分からないほどしっかりしていらっしゃる。どうやら中間管理職で、更に繁忙期だったが故に入院という形になったらしい。会社コワい…
Cさんと近い年齢の女性Dさん。彼女もまたしっかりしてる風にしか見えないが、家庭の事情だとか。人間社会コワいよホントに…

大体この4人と一緒にご飯食べてたかな。その時だけ、家族団欒のような感じがした。まともな両親ではなかったからこんな一時は一度も味わったことがなかった。それだけは入院して良かったほぼ唯一の出来事かな。

とはいうものの、本当に暇である。友人たちと喋ったりもしたが、全員丸一日どこも出かけられないので、段々と話すことも無くなった。
やる事がないと身体が急激に鈍る。電源の入ってないエアロバイクがあったので取り敢えず漕ぐ。一応は入院時に持ってたウォークマンは許可を得て使えたので音楽聴きながら、漕ぎまくる。小容量プレイヤーに入れてたTwitterで交流のある、たびけんさんの『Prayer』をひたすら聴いてた。Last.fmに繋いでたら間違いなくトップリスナーになってただろう。毎日10回以上は聴いてたし。とはいうものの、エアロバイク毎日7時間以上漕いでても尻がさすがに痛くなるので断念したり。まぁ暇で暇で気が触れそうだった。小学生の頃の時間感覚に戻ったみたいで。何にも起きないから何にも書ける事が無い。

入院3週間後辺りか。1日1時間ではあるが、病院の敷地内を歩いて来ても良い許可が出た。というか、10日目ぐらいでとっくによかったらしいが… ここら辺の意思疎通が難しい。看護師さんたちめちゃくちゃ多忙で話しづらいし…
どうやら(一応)自分の意志で入院したので、他の入院者よりは自由が効くとか。
とにかく、常に一定の空調に保たれた季節感ゼロの部屋から、3週間振りに外へ出た。春の陽気に感動したのは初めてかもしれない。先述のたびけんさんのバンドHappy Valley Rice Shower『Happy Valley Rice Shower』スピッツ『名前をつけてやる』を聴きながら散歩してると涙が出てきた。生の実感をダイレクトに得たからかな。

まぁそんな感じか。あとは本当に何も出来事が起きないし暇すぎて突出して書くことが無いので…
入院1ヶ月半で退院の許可が出た。2,3ヶ月が平均らしいが、自らの意志で入院したこと、あと軽症と判断されたかららしい。友人4人は自分より前に入院してたので、期間は長いが退院日は自分より1週間ほど早かった。正直あと1週間後とか長引いてたら逃げ場の無い地獄だったのは間違いない。結局、環境がアレだろうが周囲の人たち次第で何とか生き延びられるのかなぁと。

以上で自分の入院生活はお終い。あー、この世の地獄ってこんななのかぁと直に体験できたのはある意味人生経験になったけど、ぜっっっっったいに2度目はゴメンっス。それと看護師さんの方々、本当にお疲れ様です…。

③EPとアルバム、コステロとアートスクール 。/ littlegirlhiaceロングインタビュー

 

*聞き手:ヨシオテクニカ

*編集、文責:ふにゃっち

 

●録音だったり作品を作っていく過程について話を聞いていきます。ふにゃっちさんは基本的にほとんど一人で演奏して録音をしていますよね。時系列でいうと「垢消し」はアコギの弾き語り作品で、その次くらいからはすでに一人で多重録音でバンドサウンドを構築していくスタイルだったわけですか?

「そうですね。最初はガレージバンドiPhoneにインストールして、iPhoneのマイクを使って音を録って重ねていくっていうやり方で。機材とか知識とか、万全の状態を整えてから始めるぞ!みたいなやり方だといつまでも踏み出せないのは目に見えていたので、手元にあるものだけ使って、できる範囲でとにかくやってくぞ、みたいなことを考えてました。「頭悪そうな女子高生」「リトルガールハイエース」「悲しみたい症候群」「careless tears」とかあの辺がiPhoneで録音してた最初期ですかね」

●その頃はドラムもiPhoneのマイクで録ってたんですか?

「そうですね、ドラムセット付近の床にiPhone置いて」

●一人で多重録音っていうのはそれが初めてのこと?

「ほぼほぼそうですね」

●一人でやってるのは、手っ取り早いっていう話とかバンドに対してモヤモヤを感じていたっていう話と関係がある?

「手っ取り早いっていうのもあるし、一人のほうが意思決定とかフットワーク的な面でもシンプルだし身軽でいられるかなっていう。バンドって曲作ったり歌ったりする人がイニシアチブ取りがちで、かと思えば民主主義的な面もあったりするからややこしくて。僕は長らくドラマーとしてバンドに参加してばっかりだったから自分がメインで動くっていうことがほとんどなかったんですね。曲を持っていってもボツになったりとか。いつの間にかライブ日程が決まってたりとか。それは僕に主体性がないのも原因ではあったんだけど。自分で作った曲を自分で歌っていくのであれば自分でコントロールできない状態にはしたくないなって思ったので。だったら演奏も録音もミックスもリリースも自分ひとりでやって、上手くいっても失敗してもぜんぶ自分の責任というか。そういう感じでやりたいなぁっていうのは活動当初から思ってましたね」

●録音とか編集の技術っていうのは実際にやりながら習得していった感じ?

「やりながら覚えてってる感じですねぇ。最初はiPhoneガレージバンドだけで満足してたんですけど、段々「ここもうちょっと弄りたいのになぁ」って部分が出てきて、マックブックのガレージバンドに移行して、そこでも「ここもうちょっと弄りたいのになぁ」って部分が出てきたのでロジックプロに移行してそのまま現在に至ってます。ガレージバンドとロジックって割と似通ってるとこが多くて、ストレスなくスムーズに移行できた記憶があります。プラグインもそこそこ使えるものが揃ってるので、あとから買い足さなくてもまぁまぁのものを作れちゃうっていうのも大きいですね。なのでMac使ってて宅録ちょっと頑張ってみたいなぁって人だったら2万ちょいくらいの初期投資だけで済んじゃう部分があるのでロジックおすすめです」

●「リトルガールハイエース」という曲も最初はiPhone上で完結していた?

「サンクラに上がってるやつはそうですね、録音もミックスもiPhoneだけでやってました。EPに入ってる方はiPhoneからPCにファイルを移して、ロジック上でスネアとキックだけ後から重ね録りして、ロジックのプラグインで音を整えて、ベースも僕じゃなくてサナトリウムさんって人に弾いてもらったものに差し替えてあります」

●ひとりでやりたいと言いつつ、あの時期はふにゃっちさん以外のミュージシャンにも参加してもらってたのは何故でしょうか?

「それは当時の僕の演奏技術だったり録音技術を考慮して、ちゃんと弾ける人にお願いした方が作品としてより良い形でリリースできると判断したからですね。同じ理由で「エリカ」と「ギブ」のギターソロをイマダさんって人に弾いてもらったし、ベントラーカオルさんって人に何曲か鍵盤を弾いてもらいました」

●「ギブ」や「エリカ」は、ふにゃっちさんひとりで演奏してる曲とはまた違ったバンド感があって良いなと思います。そこから次の「アンファッカブルEP」や「リベンジポルノEP」では、またひとりに戻ったわけですけれど。

「その頃からはもう自分でもまぁまぁ弾けるように…違うな、まぁまぁ聴けるものが録れるようになってきたっていうのもありつつ、そのころは「ひとりでやりたい」っていう気持ちが強かった気がしますね。なんでか覚えてないんですけど、多分何かしらメンタル的な…(笑)。歌詞もなんかこう、内に内に籠ってるような。内面に沈み込んでいくような感覚が強い気がしますね。その反動もあって次に出した「GIRL MEETS BLUE」っていうアルバムではもうちょっと開かれた感覚というか。あのアルバムは一曲目の「meaningless」って曲だけ自分自身のことを歌って、そこから後の曲はすべてフィクションだったり二次創作的な曲にしようと思って作った記憶があります」

●「アンファッカブルEP」や「リベンジポルノEP」は確かにちょっと暗いトーンというか、思い詰めてる主人公みたいなイメージが強いですね。それに対して「GIRL MEETS BLUE」はもうちょっと爽やかでカラフルだったり、なによりアルバム然とした佇まいを感じます。それまで6曲収録のEPを4枚リリースしてきて、「GIRL MÉETS BLUE」を初めてのフルアルバムとして作ったわけですけど、そこには何か意識の違いはあるんでしょうか?」

 

EPとアルバム

「もうちょっといろんな人に聴いてもらえたらなぁと思って「GIRL MEETS BLUE」を作ったんですよね。ただ曲を集めただけじゃない一枚の作品として出すぞ!っていう気持ちというか体重を乗せて作ったというか。ちゃんと最後まで順番に聴いてもらえるように、自分なりに工夫しないとアルバムって作れないものだし。そういう「作品」を作りましたよっていう意思表示もありつつフルアルバムというフォーマットを選んだというか。もちろんEPを作ってる時だって曲順とか考えるけど、アルバム作ってる時の方がいろいろ考えるべき事が多いなって気がします」

●考えるっていうのは、アルバムのテーマやコンセプトを考えるっていう事?

「そうではなく。コンセプトやテーマっていうのはアルバムを作品として聴かせる手段の一つではあると思うけど、絶対に必要っていうものではないと思います。そういう話とはまた別の、例えば曲間のブランクとかアルバム全体の緩急とか統一感とか、そういう部分でEPよりもアルバムのほうが神経を使うというか。なのでしんどいけど、面白いですね、アルバム作るのは」

●ふにゃっちソングブックを見ると「サテラ」の歌詞から派生して「cloudy horoscope」と「それでいいさ」が生まれた、みたいな話も書いてあって、そういう作り方もアルバムならではの面白さなのかなぁと。EPは録って出しで、できたものをただ並べてリリースして、アルバムはもう少し腰を据えてひとつの世界を作ろう、みたいな意識の違いがある?

「そうですねぇ…そういうのもありつつ、なんだろうなぁ…。曲数が少ない音源はタイトルに「EP」をつけてリリースする、そのタイトルになったリードトラック的な曲は音源の1曲目に持ってくるっていう縛りが自分の中にあるんですね。その上で、「なんとかEP」っていうタイトルで出したいか、それとも「EP」をつけないタイトルでリリースしたいかっていうところもありますね。語感がいいじゃないですか、「アンファッカブルEP」とか「リトルガールハイエースEP」とか(笑)。そういうタイトル先行で、この作品名でEPなりアルバムなりを出したいな、みたいな感じで作ってるとこがありますね」

●割とタイトル先行というか(笑)。タイトル先行っていう話だと、曲を作る時もタイトルから先に作っていく場合があるんですよね?

「ありますね。「リトルガールハイエース」って曲は「リトルガールハイエースっていうタイトルの曲を作るぞ」っていうところから歌詞とかメロディを膨らませて作った、まさしくタイトル先行型の曲だったりしますし。たぶん最初にタイトルなりコンセプトがバシッと決まってた方が曲の方向性が定まりやすくてエネルギーを込めやすくて、強いものができるのかもしれないです」

●EPとアルバムの違いみたいな話に戻りますけど、個人的には6曲入りくらいのEPを何枚か続けてリリースしていくっていうのは、アートスクールに代表されるような2000年代前半の下北沢ギターロックバンドの文化というか。そういったものを彷彿とさせるようなスタイルも個人的には好きっていうところはありつつも、ふにゃっちさんの作品を初期から順番に聴いていくと、確かに「GIRL MEETS BLUE」からは聴きごたえが違うなっていうのはあって。それは単純に曲の数だけじゃない部分で、EPとアルバムっていうフォーマットの違いっていうのは確かにあるんだなぁと聴いてて思いました。初めてのフルアルバムとして「GIRL MEETS BLUE」をリリースして、反響みたいなものも違ったりしましたか?

「うーん。あの頃はアルバムリリースと並行してバンド編成でライブをやるようになった時期だったんですけど、どっちかというとそっちの反響の方が大きかった気がしますね。アルバム出した反応としては…「ちゃんとアルバムになってるね!」みたいな感想は結構もらえて、あぁアルバム作れるんだ俺、みたいな自身が少しついたくらいかな(笑)。あのアルバムをきっかけに間口というかリスナー層が広がったかっていうと、そこはちょっと、目覚ましい反響はなかったかなぁっていう…うーん(気まずい沈黙)」

●「GIRL MEETS BLUE」を出した当初は「いける!」みたいな手応えはあった?

「そうですねぇ、アルバムに先駆けてサンクラ公開した「アカネ」も割とウケてたし、もうちょっとイケるかなって気持ちはありましたね。そこは単純に力不足というか。でもまぁ自分の活動規模を考えると身の丈にあった反響だったとも言えるし…(考え込む)」

●リリースの順番でいくと「GIRL MEETS BLUE」に続いて2020年の春に「TELEWORK」がリリースされてますね。これはタイトルが示す通りの状況下で制作されたもの?

「そうですね。えーと、「GIRL MEETS BLUE」の時点からはもう竿ものや鍵盤に関しては自分の部屋で録音がほぼほぼ完結できる状態なんですが、ドラムとボーカルだけはスタジオに行かないと録音できないんですよね、住宅事情的な理由で。でもちょうど2020年始まったくらいから世の中がこう、録音するためにスタジオへ行くのもちょっと難しい状況になってしまって。その頃にはもう次の「hellsee girl」に相当するアルバムを作っていたところだったんですが、その制作が完全にストップしてしまったので、代わりに今やれる別の事やろうかなと思って。もう録音が済んで完成していた曲を掘り起こしてちょっと手直しというかミックスし直して出したのが「TELEWORK」ですね」

サウンドクラウドに公開されたりはしててもEPやアルバムには収録されてなかった曲があんなに存在してて、しかもなんで収録されなかったんだろうっていうくらい良い曲ばっかりで。

「なんで収録されなかったんでしょうねぇ…」

●(笑)。「SCHOOL-DAYS」だけはコンピ盤という形でリリースされてましたけどそれ以外にも、例えば「ロストハミング」みたいなキャリアのど真ん中にいてもおかしくないような曲もいっぱい入っていて、B面集みたいな匂いもなくて、ちゃんとアルバムとして成立しているなってすごく思いました。こんな隠し球いっぱいあったんすか?みたいな。

「うーん、なんでリリースしなかったんだろうなぁ…あっ」

●ん?

「えっと「TELEWORK」の曲はだいたい2015年くらいの曲なんですけど、その時期って多分「そういうすでにある曲よりも新しくできた曲を先にリリースしたい」みたいな気持ちがあって。新しくできた曲を「リトルガールハイエースEP」とか「エリカEP」として出してって、そうこうしてる間にリリースするタイミングを逃してしまって。そのまま結局お蔵入りしてたのを、2020年にこういう状況になってしまったので、じゃあこういうものを出すなら今なのかなぁっていう。あとは、この先もしかしたら状況がもっと酷くなって音楽活動とか以前に音源のリリースすらできなくなるかもしれないし、そうなる前に手元にあるものを出しておいた方がいいのかなっていう気持ちも「TELEWORK」をリリースする時にはありましたね」

●「TELEWORK」収録曲の他にも、もう完成してるけどリリースされないまま残っている曲っていうのは…。

「まだ何曲か残ってますね」

●(絶句)。

「でもあの、2002年くらいのシロップとかアートスクールのリリースペースってもっと凄かったじゃないですか。狂い咲いてるみたいな、生き急いでるみたいな。あれがやっぱりリスナー体験として強烈に残っていて。かっこいいなぁっていう。今の自分はその領域には達していないと思うし、もっと速いペースで頑張りたいなぁっていう気持ちはありますね」

●「クーデター」と「delayed」と「HELL-SEE」なんて、期間としては一年経ってないですもんね…。

「いやぁ本当に…。あのペースで、あれだけ充実した内容でっていうのはやっぱりちょっと異常ですよ(笑)。まぁ「delayed」は過去の曲を出したっていうのはあるけど。やっぱあの頃のあの人達は本当に凄まじかったんだなっていうのはこうやって曲を作るようになってからますます感じるし。なおかつ彼らはライブもガンガンやりながらリリースしまくってたわけですからね。全然ライブやってない僕とは状況が違うというか。本当は僕も世の中がこうなってなければライブしたかったんですけどね、LGHで…。そこはちょっとアレですけど「いっぱい曲を録って出したい」っていう今の自分のモチベーションって部分では、あの頃のアートとシロップの鬼気迫る活動ペースに非常に大きな影響を受けているのかなって思いますね。憧れというか」

●そういうふにゃっちさんも丸5年という活動期間でEP4枚とフルアルバム3枚、曲数で言えば50曲以上リリースしているわけですから、多作なほうだとは思いますよ。

「自分もいつまで音楽できるかわからない部分はあるし、できるうちにやっときたいっていうのはあるので…」

●例えばスランプとか、作詞作曲に行き詰まったりとかは?

「行き詰まったら、別の曲をやる(笑)。曲作りに煮詰まったら別の曲のミックスしたり、録音しにスタジオ行ったり、ミックスに詰まったらアコギ手に取って、ポロポロ弾いてたら新しい曲ができたり。勿論それにも行き詰まったらアニメ観たりエロゲしたりするし、音楽だけやってるわけではないですよ。今はまたアルバム作ってて、曲はもう12曲くらい出揃ってて、あとはもう録るだけっすね」

●社会状況がこういう状況になってなければ本当はまたバンド編成でライブする予定だったっていう話がさっきチラッと出てきたので、バンドの方のlittlegirlhiace(以下LGH)の話もしていきたいと思います。2019年の春先と夏くらいに何回かバンド編成でライブをやっていて、僕も2回くらい観させてもらって。すごく良いバンドで、みんとさんとモリゾーさんっていうリズム隊もカッコよくて。メンバーとはツイッターがきっかけで知り合ったんですか?

「きっかけはそうだったと思うんだけど、二人ともそれぞれ別のバンドで演奏してるのをライブハウスで観たことがあって、実際のプレイや佇まいがかっこいいなと思ってた人達だったので。もし自分がいつか自分の曲をライブハウスでバンド編成で披露する機会があったら二人にお願いできたらなぁと思っていて。特にみんとくんに関しては、彼がベースで僕がドラムとしてFragileFlowersのサポートに参加してライブする機会があって、その時も「かっこいいベース弾くなぁ」と思っていたので尚更」

●FragileFlowers、青鷗さんですね。

「すごく楽しかったし、いい思い出です。バンドって楽しいんだなって久しぶりに思えたっていうか。パーマネントなバンドではなく、あくまで単発的なものだったからそう感じられたのかもしれないけど。でもそこで得られた「バンド楽しい」って感触があったからLGHやってみようかなって思えた部分があるようにも思えるので、Fragile Flowersのサポートに参加できたのは割とターニングポイントだったかもしれないですね。それでいざLGHでライブするぞって機会に恵まれてみんとくんとモリゾーさんにお願いしたら引き受けてくださったっていう。みんとくんはグルーヴがガツンとありながらもクレバーというか、曲の根幹をしっかり支えつつも主張して欲しいタイミングではしっかり前に出てくれて、シンプルにガシガシ弾いてるだけでも聴かせてくれるしすごいベーシストですね。モリゾーさんは多分僕と同じくアヒトイナザワがルーツにありつつも、それだけじゃない幅広さとオリジナリティを獲得できているプレイヤーという印象で、要するにドラマーとして完全に僕の上位互換みたいな人です。あと、二人ともソングライターとしても素晴らしい人達なので、プレイヤー目線だけじゃなくソングライターの視点から曲の意図を汲み取ってくれるし。その上で「ここもうちょっとこうしてみません?」って提案してくれたりするので、二人にお願いして本当に良かったなと」

●LGHはギターボーカル、ドラム、ベースっていう3ピースバンド編成で、ライブで観るとやっぱりシロップを彷彿とさせるようなところもあって。でも音源では基本的にどの曲にも役割の違うギターが2本入ってるじゃないですか。コードを鳴らすバッキング的なギターとウワモノ的なギターみたいな感じで。だから普通に考えればふにゃっちさんの他にもう一人ギタリストを入れて4人編成が自然だと思うんですけど、そうしないっていうのは敢えて3ピースでいきたいっていう何か強い思いがあったりするんでしょうか。

「やっぱりシロップへの憧れっていうのはまず最初にありますね。バンドでやるなら3ピースがいいなっていう。3ピースって必要最低限で余分なものがないから結果的にバンドの良さも曲の良さも剥き出しになる編成だなっていうのがあって。これはペソさんって人の受け売りなんですけど。確かにその通りだなぁって。僕の曲には3ピースじゃ演奏できない曲もあるんだけど、人前でバンド編成で演奏するならあくまで3ピース編成で、その編成に見合った曲を3ピース編成に見合ったアレンジでやりたいなっていうことをLGHっていうバンドでは考えてますね。それで、本当なら今年(2020)はふにゃっちっていうアカウントが生まれてちょうど10周年に当たる年だったのでワンマンライブやりたいなって思っていて」

●おぉー。

「せっかくやるならLGHの3人にキーボーディストを加えた4人編成でも何曲か演奏したいなって考えたりもしてたんですが、10周年を目前にアカウントが凍結されてしまい(笑)、世の中もこんな感じになってしまってワンマンライブは実現できていないんですが、いつかそういう機会を設けたいなって思っています」

●それは、すごい楽しみですね。

「僕の喉がもつ限り、20曲でも30曲でもやりたいっすね。なんていうんですかね…オフ会みたいなライブが一番楽しい(笑)。ライブハウスの隅っこでアニメの話したり。こういうこと言うとまたリスナーの間口を狭めちゃってよくないんだろうけど、ライブハウスがオフ会みたいになると面白くて仕方ないです。ライブをやる意味っていうかバンドをやる意味っていう話をすると、僕はそもそもバンドでライブをしたりCD作って売ったりっていう活動やそれに付随する人間関係に疲れてネットの世界に逃げ込んで一人で曲作って配信でリリースするようになったので、あんまり積極的に人と関わったりライブをやっていきたいというわけではない。でも業の深いことに、そうやって一人で作ってる曲っていうのがあろうことかバンドサウンドだったりするので「この曲を実際にライブハウスでバンド編成で演奏したらどんな風に響くんだろう」って想像しながら作ってる部分っていうのはやっぱりあるんですよ。でも実際にバンドを組んでライブハウスに出演したりCD作ったりって活動するのは、もうしんどいなって思っちゃうんですよ。惰性で続けて、ひたすら疲弊していくだけっていう流れが見えてしまって。「なんで俺だけこんな事やらなきゃいけないんだろう」とか「あいつばっかり目立ちやがって、楽しそうにしやがって」とか「このバンドに俺って必要なのかなぁ」とか。あとはなんだろう、周りの人を見てると「バンドを組んだからには沢山ライブやらなきゃ」「CD作って流通させなきゃ」みたいに、率先して型に嵌っていってるように感じてしまう時があって。でもバンドをやるってのはそういう事なのかもしれないし、上を目指すなら避けられない道なのかもしれないけど、少なくとも僕はもう、そういうことはできないっていうか、littlegirlhiaceではやりたくない、好きなようにやらせてほしい。バンドって自分の意思だけでは動かせないものじゃないですか、それがいくらワンマンバンドであっても。バンドを組んだり、バンドを率いてそういう活動をしていくっていう所に自分のやりたいことが合致しているかっていうとかなり疑問に思うし。そういうのもあって、バンド活動とはちょっと距離を置いています。でもバンドで音を鳴らしたいって欲求は俺の中にあるし、LGHで演奏するのは単純に楽しいし、それを目の前で見てほしい聴いてほしいって気持ちも確かにあって。あとはやっぱり、ライブを観に行くっていうのは、さっき言ったような、その人の音楽に対して自分の限りあるお金とか時間とかエネルギーとかを使うって行為のいちばんダイレクトなものだなって」

●ミュージシャンとリスナーの繋がりの最も根源的というか、本当に具体的なものですよね、会いにきてくれる、同じ空間にいてくれる、目の前にいてくれるっていうのは。

「まぁ僕らじゃなくて別の対バン目当てに来る人だっているだろうし、一概には言えないんですけど(笑)。だからライブっていうのはそういう意味では本当に特別な行為だと思うので、やっていきたいなって気持ちはあります。だから結論として何が言いたいかっていうと…またライブしたいです」

●途中かなり雲行きが怪しかったですけど、その言葉が聞けて安心しました(笑)。またLGHのライブが観たいですし、今後の活動を楽しみにしています。

「本当なら、2020年はライブの年にしたかったんですよね…。あとは、いつかLGHのメンバーで音源作ったりもできたらいいっすね。既存曲にも何曲かバンド編成で録り直したりたいなって思ってる曲あるし。バンドとしての音も残しておきたいなっていう。まっさらの新曲をLGHで録るのも面白そうだけど、一人でやりたいって気持ちも依然として強いのでなんとも言えないです」

●ふにゃっちさんが一人で作った音源上のサウンドとLGHっていう3ピースバンドがライブで鳴らすサウンドで考え方が違うのが面白いと思っていて。だからLGHで音源を作るっていうのは面白くなりそうだなって思います。

「考え方が違う?」

●えっと、ライブでは3ピースバンドにこだわってるけど、一人で音源を作る時は3ピースバンドの編成にこだわっていないっていうか。音源を作る時はギターは絶対に1本しか入れないぞ、みたいには思ってなさそうだなって。

「なんで音源だとギターが1本じゃないかっていうと、レコーディングの工程に理由があって。順番としては最初にドラムを録って、本当はその次くらいにもうボーカルを録っちゃいたい。でもドラムだけだと音程が取れなくて歌えないからドラムの次にコードをじゃかじゃか鳴らしてるギターもしくはアコギを入れるんですよ。そうしてから歌を録って、ベースを入れて、最後にウワモノとして2本目のギターだったり鍵盤を重ねていくっていう。そういう流れで録音していくと必然的にコードをじゃかじゃか弾いてるギターっていうパートが発生してしまうので、それを残すというか、生かす形でアレンジをする感じになって、結果として役割の違うギターが2本ある曲が出来上がっちゃうんですよ。でもそういう曲を、ライブでは3ピースでアレンジして演奏することで音源とはまた違う表情を見せられると思うし。ライブならではの良さというか」

●ライブの醍醐味というか。

「あとは、バンドにもう一人ギタリストがいたとして、その人に自分が弾いたフレーズを教えるのが面倒臭いなって(笑)。だったら音源通りではないアレンジになっちゃうとしても俺一人でギター弾くわって思っちゃう。あとはギタリストが2人いるとバンドの音が、なんていうか…僕の意思ではコントロールできない感じになっちゃいそうで、それはちょっと嫌だなと。だからもし4人編成でライブするならさっきも言ったみたいにキーボーディストを入れたいですね、エルヴィス・コステロみたいに」

 

コステロとアートスクール

●僕フジロックエルヴィス・コステロ観た事があって。

「マジすか!」 

●すごく感動して。その理由っていうのが、あの人ちゃんとギター弾いてるんですよ。ああいうもう初老と言える年齢で大御所みたいな人が、バンドアンサンブルの中で唯一のギタリストとしてジャズマスターを搔き鳴らしてるっていう姿に、良い意味でショックを受けて。

「そういう大御所っぽいポジションの人だったら例えば、自分の影武者みたいなギタリストを後ろに従えてて肝心の本人は弾いてるのか弾いてないのかよく分からない、みたいな感じでも全然おかしくないですもんね。弾きたくなった時だけ弾く的な」

●影武者(笑)。フジロックで確か出番がレディオヘッドの前だったから結構人が集まってきてて、「イギリスの若い奴らの出番まで、おっちゃんの歌もちょっと聴いてってくれよ」みたいな感じで小粋ですごいかっこよかったんですよ。ごめんなさい話ちょっと逸れちゃって。でもあんな大御所みたいな人なのにライブではギターがんがん弾くんだっていうのが本当にカッコよくて。それが今のふにゃっちさんの「ライブではギター弾くのは俺だけでいい」っていう話と重なってちょっとテンションが上がってしまいました。

「個人的にコステロはギターボーカルの一つの理想ですね。めっちゃいい歌を歌いつつギターをギャンギャン掻き鳴らすっていう。ねちっこい所はあるけど。僕じつはコステロと田淵ひさ子に憧れてジャズマスターを買ったんですよね」

●ああいうシンガーソングライター的な人だとギターほとんど弾かないとか、持ってるだけ、みたいな人が多いイメージで、そことは違うんだなっていう。

「それは多分、パンク出身の人っていうのが大きいんじゃないかなって思いますね。DIYの精神が根底に流れているというか」

●ふにゃっちさんもある意味、究極のDIYというか。

「そんなかっこいいもんじゃないですよ…」

エルヴィス・コステロを聴き始めたのもミスチルきっかけ?

「もちろん。単純に声が似てるっていう。「シーソーゲーム」に至っては曲調もPVもモロにコステロだったし。あのくらいの頃のミスチルってそういうオマージュとかパクリの手際が鮮やかで、そういうとこも好きなんですよね。「シーソーゲーム」以外にも、「シーラカンス」はピンクフロイドだし「ラヴ・コネクション」はストーンズだし「Everything」はエアロスミスだし「デルモ」はジャミロクワイだし。

●活動再開直後はレディオヘッドごっこしてましたしね(笑)。

「僕の曲にもバンプオブチキンぽい曲だったりアートスクールっぽい曲があったりしますけど、そういうパクリっつうかオマージュの感覚っていうのもミスチルからの影響かもしれないです。「~ぽい」曲なのにオリジナリティがあってかっこいい曲っていうのが好きなんですよね。アニソンにもそういう曲多いし。ジョン・レノンも「最高のものからパクって最高のものができるならパクってもいいじゃん」みたいなこと言ってたらしいし、本当その通りだと思ってます」

●アートスクールのオマージュっていう話だと、新しい「ギターヒーロー」もイントロの時点ですでに「LOVE LETTER BOX」の…。

「アレンジを全面的にパクってますね(笑)」

●そういう時って、できた曲にたまたまそういうアレンジを試したらハマったっていう感じなのか、それとも最初にネタありきというか、他人のネタをパクるぞってところから曲を作り始めるのか、どっちなんでしょう?

「それは曲によりけりというかケースバイケースで、「ギターヒーロー」は前者のパターンですね。曲ができた時はイントロとAメロが今とはちょっと違うコード進行だったんですが、なんかしっくりこなかったのでいろいろ試行錯誤して、「LOVE LETTER BOX」のコード進行をパクってみたらバシッとハマったっていう感じです。アートスクールからパクると、罪悪感みたいなものが微塵も湧かないのがいいですね。「お前も散々パクってんじゃん」という気持ちがあるので(笑)。アートスクールのオマージュって話だと、Tenkiameからけっこう影響を受けてる自覚があります。夏botくんがギターボーカルでアートスクールのジェネリックを標榜していたバンドで。みんとくんを知ったのも彼がTenkiameのベーシストだったからっていうのもあるし。Tenkiameやってた頃の夏botくんがアートスクールっぽいオリジナル曲を集めたコンピを企画して参加者を募集していて、僕はその頃ちょうど「SCHOOL-DAYS」のイントロのリフを思いついてたタイミングだったんですね。でもそれまではアートスクールっぽい曲を作っても上手くいかないことが多くて、今回もそのまま諦めてボツにしようかなって思ってたんですが、なんか面白そうな企画だし頑張って完成させて参加してみようと。それで完成したのが「SCHOOL-DAYS」で。それ以降、アートスクールっぽい曲を定期的に作るようになったっていう。インターネットでのウケがいいしライブ映えもするし、アートスクールっぽい曲を作ると良いことしかないですね」

●プロというかメジャーのミュージシャンとは別に、ツイッター上で親交のある近しい人から影響受けることも多い?

「めちゃめちゃありますね。メジャーアーティストとかツイッターの知り合いとか関係なく、かっこいいなって思ったらすぐマネしたくなっちゃう(笑)。自分が今やってることって、他の人がとっくに遊び飽きてしまった古いおもちゃを今さら一人で面白がって遊んでるようなもんだと思っていて。アニメの女の子のことを歌うのもそうだし、アートスクールのジェネリックみたいな曲を作るのもそうだし。ネットレーベルの波に乗り遅れたっていうか、あと5年でも早く活動できていたらもう少し違う状況だったんじゃないかってたまに考えてしまうし。やれる事やってくしかないんですけどね。僕よりぜんぜん若い世代のオルタナっぽいバンドが増えてきてるなぁっていう感覚が最近あって、それだけが唯一の救いですかね。俺もオルタナ、やってるよ、みたいな(笑)」

(続く)

ここだけにしか降らない雨 /北村灰色

 鳴りやまぬ雨音のリズムに、黒猫だけがそっとメロディーを奏でた。

 五月雨に燃ゆる紫陽花の藍色、五月雨に寂寞したブランコの嘆き――

 救済なき%、徐々に這いあがる水位に、光のない街は渇ききったネオンライトを求めて、蒼ざめた左手を永延と揺らし続ける。

 夜、救いようのない闇が暁にすら訪れて、少女は誤認した縊死体を嘆いていた。

 投げだされた肢体と長靴、水たまりに水彩の水色がそっと射しこむ……。

 埋葬された死体の真実は、蝙蝠のようなレインコートと、擦り切れた太陽のビデオテープだと、空白の審判が訴える。

 赤いセーラー服、白日が暴きだすかつての記憶だけが右目を抉って、ザザ降り雨。

 フィルムから解体された、あまりにも哀しき幽体。透き通った硝子越しに手を振るのは、いつも死者だったから、私の雨は未だに止むことがない。

……私の? 裸足から俯瞰した天井の世界は、幽かに反転して、唯、ただ私の視界が深い赤に染まりゆくだけ。

 私の白い足が終着点を忘却して、水気を帯びた宙空を彷徨うから、私を凝視するワタシは私の爪先に柔らかな傷跡を私がつけてしまったことにワタシは感情も無く私を打擲する私を私が縛りつけたままの私だった私の描く断崖から視えた潮騒の煌きと死んだ木。

 血と雨音、波打つ胎内に笑う、孤立への水没。マニキュアの色だけが検死室で鮮やか――

 鈍色のシーツとダブルベッドには、限りなく彼方へと堕ちた白磁が「死」を描きだすように、カーテンにしがみつく。

 とっくに消えた映画のラストシーンとサイレンを反響させるかのように、雨の音色が色彩を増してゆくから、理由もなく悲鳴は不協和音にはならなかった。

  Echo,Ecole,無慈悲なアンコールはいつかの彼の終わりをもたらしてしまう。あまりにも無垢に歪んだ砂漠、溶けることなきオアシスアイスで創られたカクテルが催す、フロイトの窓際とレムノンレムの境界線。

全てへの謝罪が水位に掻き消される時、私は自らの船に火を放つ夢を見た。

あの日伸ばした手は渇くことなく濡れたままで、自由を偽装するカモメすらも、あまりにも遠く、綿飴の積乱雲が徐々に炭化した影を携えてゆく。

未だ鳴りやまぬ雨が、物語を現実を、私であった物証の空想を混濁させてゆく。

睡蓮の太陽に温度計を投げ込めば、粉々に砕け散った紅が半透明に溶ける。

睡蓮の太陽に雨乞いの祈りを投じれば、言葉は言葉ではなくなる。

睡蓮の太陽は私の瞳にだけ映っている。

――ここだけにしか降らない雨が、未だに止むことがないから、私の体温は徐々に冷たくなってゆく。終わらないかくれんぼを続けるワタシと、裸の太陽すらも永遠の雨水を啜り続けているのだから。

ひそかに憧れてた友達のはなし /どようびのよる

わたしの人生に影響を与えた人はたくさんいるが、中でも多大な影響を与えたのは高校時代の同級生、Kちゃんだ。彼女は親友という訳ではなかったが、たまに遊ぶお友達だった。1度も同じクラスにはなったことはなく、確か1年生か2年生の学校祭あたりで共通の友人がいて、仲良くなった。

 

彼女は私と同じく田舎出身だったが、可愛くておしゃれで頭がよかった。Kちゃんからは、いろんなところで影響を受けたように思う。

 

まずはファッション。わたしの通っていた高校は私服高校だった。服がすきだったわたしは、仲良くなる前からKちゃんを「○組のおしゃれなかわいい子」と知っていたので、仲良くなれて嬉しかった。 BEAMSや古着を教えてくれたのはKちゃんで、二人で冬にお買い物に行ったとき、どきどきしたのを覚えてる。わたしはヨーロッパ古着の丸襟ブラウスとNe-netのド派手な靴下を買ったっけ。

 

彼女とは音楽の趣味が被ってい、お互い少し照れながら、iPod classicの中身を見せ合ったのも覚えている。中でも共通で好きだったのはフジファブリックや髭だった。

 

Kちゃんも含めて友達3人で、学校帰りにJRに乗って札幌までフジファブリックのライブを見に行ったのもよい思い出。(teenage funclub tourファクトリーホール、懐かしすぎる…志村生きてたよ)

行きか帰りのJRでもう1人の友達が「彼氏と価値観がちがって別れた」と話しているのを聞いてKちゃんが「価値観なんて、違うもんじゃないかなあ~」とふんわり返していたのにびっくりした。わたしは二人の話をぽけーっとただ聞いているだけだったけど。Kちゃんは 、高校生にしたら大人っぽくて、わたしの到底及ばないことを考えてるんだなあとひそかに憧れていた。

 

Kちゃんは大学から本州に行ってしまったので暫く疎遠になっていたが、社会人になってから一度、連絡をとって会った。相変わらずおしゃれだったし、何やら海外転勤もあるような会社に勤めていた。ファッションはネイビーとかグレーの落ち着いた色合いの服にストールを巻いて、当たり前だけれど高校時代とは雰囲気が違って、相変わらず派手な格好をしていったわたしは「気合い入れたわたし、ちょっと恥ずかしいな」と思ったんだけど。会えて嬉しかったのは本当で、いまのわたしはKちゃんの影響受けるんだなーとぼんやり思ったりした。

 

いまも、たまに元気かなあと思うがきっと、これから会うこともないんだろうな。

ヨシオテクニカと十人の作家たち /ヨシオテクニカ

去年の12月、友人やTwitterのひとに『SPECIAL EDITION』の「ここだけの話」というお題について、なにかいいものはないかと訊いてまわっていた。9月にこの企画の話をいただいていたのにも関わらず、じつに12月末までなにも書いていなかったのだ。そのなかで、ある方から文芸についての話はどうかというお題をいただいたので、あ、それはいいですね。と思う。
読書はずっとしてきた。趣味という意識もなく毎日してきた。でもTwitterではあまり文芸にまつわる話はしてこなかったような気がする。
というわけでここだけの話、きょうは好きな作家の話をしてみたい。

 

  本から全てを学ぶ僕を見て
  大きいサングラスの
  彼女は無言で誘ってる
  「Mighty lovers」the pillows

 

そもそもどれくらい本を、おもに小説を、読んできたのかなとまず思う。
いにしえのmixiの日記に読書の記録をつけていたので3年ぶりくらいにログインしてみるとこんな数字がでてくる(mixi、憶えてますか? いや、知っていますか?)、なんでも2006年の5月9日から2016年の5月9日の偶然ちょうど10年間で、694冊の本を読んでいた。
どんなタイトルを何年何月何日に読みはじめて何年何月何日に読み終えたかということがそこには記されていて、眺めているとなにかなつかしい感じがする。だいたい5日で1冊読んでいることになり、いまと較べてこのころはそこそこ読めていたなと思う。そういえば当時は鞄に2冊入っていないと不安を憶えていたっけ。
もちろん記録をつけている期間の前後も読んではいるので、合計で1,000冊は超えているのかもしれない。もちろんもちろん、読書は量でも数字でもないのでこの情報にあまり意味はなくて、だから記録をつけるをやめてしまったのだけれど、でも押し入れにはたしかに読まれた書籍がつまっているので、その質量をまるきり無視することはできないのだった。
分野でいうと、純文学、エンタメ、ライトノベル、ミステリ、SF、エッセイがおもだったところかなと思う。あとは詩集とか歌集とかがすこし。時期ごとにじぶんのなかで流行があったりしたけれど、だいたいこのあたりが好きだった。
前置きが長くなってしまった。そんな読書の履歴のなかから、10名ほどとくに好きだと思う作家について語ってみたいと思う。ここからは「好き」しか云わなくなります。

 

  何気ない毎日を小説のヒーローに
  かさね合わせて安心してる
  「ダイアリー」GOING UNDER GROUND

 

中村航
デビュー当初のGOING UNDER GROUNDのジャケットを描いていた宮尾和孝による素敵な装画が目にとまって手にとった「ぐるぐるまわるすべり台」が中村航との出会いだったのだけど、読んだらなぜか"おれはこれが読みたかったんだ"と思ってしまう。なんか文章に漂う温度感のさじ加減みたいなものがすごくしっくりきて一瞬でめちゃくちゃ好きになってしまった。
このひとが書く、明るくもあり暗くもあり熱くもありクールでもあるみたいな主人公像がとても好きだし、こんなに軽妙でユーモラスに文章を操れたらなとひそかに思う。

 

とくに好きな小説「夏休み」

 

津村記久子
ワーキングプア、ネグレクト、パワーハラスメント、あたりがこのひとの小説のキーワードではあるのだけど、そんなある種暗めのテーマ感を支えている日常のおかしみや辛さや不運や幸運やちょっとした執着をさらっとみえるように丁寧に描く文章が僕は大好き。
こういうふうにものごとを描けてしまうと、ふつうの学校での描写とか会社での描写がぜんぶそこにあるかのようにきわめて自然に感じられてしまう。観察と、それを表に出すさまがとても優れているとなにを書いても高い解像度をまとってしまうんだなという感じ。
余談だけど、小説にサインしてもらっているときにRideの話になって津村記久子さんとおたがいに「いやRideは最高」「ほんとにRideは最高」って云いあえたのはいい思い出になっています。

 

とくに好きな小説「この世にたやすい仕事はない」

 

◇野崎まど
事実は小説より奇なりというのなら、じゃあ事実より奇妙にしてやろうというのが野崎まどの小説。まずきわめて突飛な発想があって、それを知識と筆力で物語にきっちりと落としこんでいてエンターテイメントさせるさまには、いつも感心してしまうし、とてもたのしませてもらっている。
そしてここだけの話、なんといっても描く女の子がいちいちかわいい。いわゆるライトノベルは女の子をかわいく書いてなんぼの世界みたいなところがあるのだけれど、いちいちかわいい。
ただこのひとはホラーみたいなのも大得意で、だから惜しげもなくそんな女の子たちが不幸な目にあっちゃったり、逆にあわせちゃう側だったりするのではらはらするし、まだ完結してない「バビロン」のつづきなんかは想像するだけで怖すぎて恐すぎて読みたいし読みたくない。

 

とくに好きな小説「[映]アムリタ」

 

西尾維新
作品リストを確認したら48冊くらい読んでいて呆然としてしまった。学生のころ本屋でアルバイトをしていて、店内に戯言シリーズのイラストで彩られたポスターが貼ってあるのを見たとき"こういう小説はいけすかないな"と思ってしまったのだけど、読んでみたら大変なことになった。なにか言葉と語彙のジェットコースターみたいな感じで圧倒されてしまったし、いまも圧倒されつづけている。
その豊富すぎる語彙について西尾維新は、語彙を増やすには辞書の通読がいちばんですみたいなことをさらっと云っていてぞっとしたが、たぶんこのひとはほんとうにそれをやっているし、そもそも書かれている小説自体もおおむね辞書みたいなところがある。
ちなみにこのひとは一日で二万字書けるらしくて、僕は一日二千字で歴史的快挙みたいなところがあるので、較べちゃだめなのだけど、ちょっとどうにかしたいですね。

 

とくに好きな小説「クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識」

 

佐藤友哉
怒りや乾きや焦燥感やこじらせ感が文章に乗っていてとても好き。僕はいわゆる純文学もいわゆるライトノベルも両方好きでたのしく読むのだけど、このひとは重さが出せるから軽さも出せるというか、その両サイドに足をつっこんでそこにある隔たりなんかをまったく気にせずに好きに行き来しちゃっているみたいなところがかっこいいよなと思う。
話が逸れるけど文芸においての"純文学か否か"という論争は、音楽においての"ロックか否か"とよく似ていて、どこもおなじようなことをやってるなと思う。こういう話題は居酒屋とかでやるのであればおもしろいんだけどね。
あとここだけの話、文章を書くとき"言う"と書かずに"云う"と記してしまうのはこのひとからの影響です。なんかね、やめられなくなっちゃった。

 

とくに好きな小説「ナイン・ストーリーズ

 

舞城王太郎
マシンガンとか高速道路みたいな文章がほんとうにかっこいい舞城王太郎。2、3行読んだだけでこのひとが書いたとすぐにわかるその文体はとても強固で、オリジナルな文体をもつということのすごさや、それこそがプロたらしめる理由であるということをいやというくらい思い知らせてくれる。
ここだけの話、文章を書いているとどうしてもじぶんだけの文体をもつということに憧れを抱いてしまうのだけれど、それは一朝一夕では手には入らないし、だれかの真似をするとかえって遠ざかっていくし、いったいどうすればいいんだみたいに途方にくれてしまう。
だからか、逆に圧倒的に個性的な文体でぶん殴ってくるようなこのひとの小説はとても心地よい。それにもちろん固有の文体をもっているだけで物語がグルーヴしていくわけではないから、このひとのすごみはそこだけではないのだけれど。

 

とくに好きな小説「ディスコ探偵水曜日

 

穂村弘
このひとだけ小説家ではなく歌人。歌集は枕元においておいて眠るまえにぱらぱらとめくるのがとてもいい。その短歌は青くて鮮烈でかっこよくてとても好きなのだれど、笑いをとりにいかない顔をして思いっきり笑わせにくる余技的なエッセイも大好き。
エッセイは観察力や表現力が求められるし出やすいというか、あとフィクションの力を借りることができないから文章の技術そのものがものすごく問われる過酷な世界だと思っているのだけど、いままで読んできたなかで穂村弘のエッセイがいちばんおもしろかったし好きですね。どれを読んでも気づけば笑ってしまうし、おかしみのある文章ってほんとうに好き。

 

とくに好きな歌集「シンジケート」

 

川上弘美
このひとの文章を評するとき、これを云うとどうしても陳腐にしかならないのだけど、でもこうでしかないから云ってしまう川上弘美の文章は"美しい日本語"すぎてまいってしまう。
丁寧で間があいてて言葉が選びぬかれていて、でも教科書的ではなくときに妖しさや怖さすら感じてしまうような文章。そしてその言葉にのっかってお話がきれいに流れていくのかというと、そうではなくて現世とあの世のような異界が交錯して、現実がゆらいでひやりとしてしまう瞬間がしばしばあってくらくらする。
ちなみにここだけの話、文章を書くとき漢字をひらくのが好きになったのは、このひとから勝手に影響をうけようとしているからのような気がする。

 

とくに好きな小説「七夜物語」

 

森博嗣
作品リストを確認したら91冊くらい読んでいて呆然としてしまった。なんというか、僕は森先生の途方もない知性にどうしようもなく憧れてしまっていて、もちろんそんなところには到底近づけるはずもないのだけれど、でもほんのすこしでも汲み取りたいという思いがあってページをめくりつづけてしまう。
そして、近づけなくとも、ひとは考えることをつづけるとこんなところまで到達できるんだなみたいなことだけは知ることができるような気がするし、頭はわるくたって、せめて考えることだけは続けるようにしようと思うし、思わせてくれる。

 

とくに好きな小説「青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?」

 

村上春樹
高校一年生のころ友だちに「風の歌を聴け」を借りて読んだのがきっかけで、それ以来ずっと好きで、文庫で数えると53冊くらい読んだことになる。なんかこのひとはそもそも読書や小説のおもしろさを教えてくれたみたいなところさえあって、なので、どこがいいのか、どこが好きなのか改めて考えるのがかえって難しかったりする。なぜなら小説や文章の基準みたいになっているから。
それでも無理矢理あげてみると、文章のリズムがとてもいいところ、比喩のレベルが桁ちがいなところ、料理やお酒をとてもおいしそうに描くところ、会話や嘘や冗談が洒落ているところ、大胆さと繊細さを兼ね備えているところ、なんかがとくに好きだなと思う。
どの小説もほんとうに好きなのだけど、とくに好きな作品は「ダンス・ダンス・ダンス」で、長すぎる後日譚というか、大きな起伏がないのにとても長いところがなんか妙に好きなので、この小説をあげたいと思います。

 

とくに好きな小説「ダンス・ダンス・ダンス

 

  何度も読み返すよ村上春樹
  口調を真似してさ
  何度も読み返すよ村上春樹
  暗記してしまうまで
  「村上のリヴァース(215p)」まつきあゆむ