SPECIAL EDITION

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きらきらのドーナツ第5話 /たけるとひらり

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僕は、ひらりさんが大切です。

 

思い返してみると、またわけのわからないことを言ってしまった。

ひらりさんはもともときょとんとした顔をしているけれど、それを通り越して一瞬ぽかんという顔をしたあと、黙って橙色の海を眺めていた。それに続く言葉が出てこなかった僕は、手すりを掴むひらりさんの指をみていた。華奢な身体のわりに、ひらりさんの手は逞しかった。

 

「おがわくん、査定、いいかい?」

夏から働きはじめたリサイクルショップで、最近になって僕は査定を任されるようになった。家電に楽器にカメラ。この店にはあらゆるものがやってくる。査定といっても、僕が目利きを覚えたわけでは決してなくて、データ化された過去の買取実績と照らしあわせながら計算するだけの話。

誰でも出来るから。と言われたけれど、一度失敗してしまったことがある。

 

「プレートとテールピースは本物に替えられてるけど、ボディの素材が違うなぁ。これはリッケンバッカーじゃないよ。たぶんグレコか、アリアプロⅡ」

データを頼りに、僕が5万円の査定をしたギターを見て、先輩が顔をしかめた。

「偽物ってことですか?」

「コピーモデルっていうのかな。これはこれで人気あるから、案外5万円でも売れるかもしれないけど。」

先輩はそう言ってくれたけれど、しばらく経っても売れはしなかった。けれど確かにお客の目は引いていて、試奏させて欲しいという人もちらほら居た。ギターコーナーの端っこで主張する、ラズベリーソースみたいな色。コピーだってなんだって、きれいなものはきれいだ。

「僕、これ買います。」

「え?いいよ無理しなくて。」

「いや、なんだか愛着が湧いてしまって。あと、もう一つ欲しいのがあるんですけど。」

 

そんなわけで、僕の部屋にはリッケンバッカー330もどきのギターと、新品未開封のMDウォークマンがある。ウォークマンを売りにきたお客はさぞ高値を期待していたみたいだけれど、新品とはいえ需要のないものには大した値段は付かなかった。

「きみ、MP3世代だろ?」

「MP...4ですかね?」

「このやろ」

 

僕はバイトを終え、下り電車に飛び乗った。

 

カタンコトンカッ...カタンコトンカッ...

街はきらきら、クリスマス。

こんな世の中でも、やっぱりみんなは嬉しそう。あの肉屋も、いつもは鶏の半身揚げとして売っているのを、今日ばかりはフライドチキンと名を変えて店先に並べているに違いない。商店街のねずみ色のスピーカーはチープな音でクリスマスソングを流し、幸せの縮図みたいなその通りを人は三々五々に帰路に就くのだろう。僕はこれまで、クリスマスに特段良い思いをしたことはないけれど、クリスマスに浮かれた世界を見るのはなんだか好きだ。

 

家に帰って、ひらりさんにLINEをしてみた。

「私は年末までちょっと忙しいのですが、お正月は、島で過ごします」

取り方によってはすごく優雅に聞こえるけれど、年越しは一人で過ごすという意味だろう。僕も30日までバイトだと伝えると、では大晦日に会いましょうとひらりさんは言ってくれた。

「じゃあ、楽しみにしています。そのとき、お気に入りのMDを持ってきてくれませんか?」

「私も楽しみです。スペシャルな1枚を持っていきますね。」

 

12月31日。いつもより静かな大晦日。商店街のシャッターはほとんどが閉まっていて、道ゆく人もまばらだ。

13時ちょっと前、気丈に営業している喫茶フルールの扉を開けると、ひらりさんはすっかり落ち着いた様子で紅茶を飲んでいた。フェリーが正月ダイヤで、1時間早い便しかなかったという。

「お待たせしてすみません」

「ううん、待ちたかったの」

ひらりさんも、たまによくわからないことを言う。

 

「ゴロー書房。あの、わたしのお店ね。その店長が、ここの喫茶店が大好きで、何かあるとコーヒーチケットをくれるの。ひらりちゃん、おつかれさま!って」

ひらりさんは持っていたチケットを1枚ちぎって僕にくれた。まじまじとチケットを見ていると、その後ろからぬうっと深緑色の包みが差し出された。

 

たけるくん、おつかれさま。ちょっと遅くなっちゃったけど、クリスマスプレゼント。」

「え、いいんですか?ありがとうございます。」

 

実は僕もプレゼントを持ってきましたと伝えると、せーの!で開けましょうと、ひらりさんは言う。僕は手渡されたプレゼントの赤いリボンをするするっと引いて、深緑色の包装紙のシールを丁寧にめくった。僕の包み方が下手すぎて、開くのに手こずっているひらりさんのペースに合わせながら。

「パーティーみたいだね」

コーヒーとミルクティーとイチゴのショートケーキとアンドリュー・ワイエスの画集とMDウォークマンの箱が並べられた喫茶フルールの小さなテーブルは、美味しくて楽しくて嬉しかった。

ひらりさんはウォークマンを手に取るや、すごい!きれい!小さい!冷たい!どうして!?などと感動を羅列してくれる。僕はなんだか照れくさくなって、たまたま見つけたんですと笑って誤魔化した。

「MD、持ってきたよ。ね、ワイエスは後でじっくり眺めて。ねえ聴こう。」

 

それから紆余曲折を経て、僕はいま、ひらりさんの部屋に居る。 

 

“ひらりさんのおうち、とても素敵ですね。ここから見る島の家並も、海も、船も、その向こうの街も。引っ越すの考え直そうかなって思うの、わかります。良い絵も描けそうだし、ひらりさんにはこの場所が似合っていると思いますよ。

 

ねえ、ひらりさん。

 

ひらりさん、どうして泣いているんですか?

なんにも、悲しいことなどありませんよ。

ごはん、つくりましょうか?

さんまの蒲焼、おいしいですよ。ご飯に載せてもいいし、ドレッシングをかけてサラダと一緒に食べるのも意外といけるんですよ。

 

手ぇ、そろそろ痛いです。

僕でよければ、今日はずっとここにいますよ。ていうかもう、フェリーは終わっちゃったから、居させてもらっていいですか?

 

ひらりさん、聞こえる?

除夜の鐘の音がしますよ。

ねえ、今年はどんな一年でしたか?

僕は...本当はたくさん旅行に行けたらよかったんですけど、でもたくさん絵を描いたし、バイトもそれなりに楽しいし、学校では相変わらず一人だけど、ひらりさんに会えたし。

だから、とってもいい一年でした。

 

ドーナツ屋さん、今日は休みでしたね。大晦日だから、ねえ。

年明け、一緒に行きましょうよ。僕も、きらきらのドーナツ、食べてみたいです。

約束ですよ。まず、僕がここまで、ひらりさんを迎えに来ますね。

そして、さっきみたいにウォークマンのイヤフォンを片耳ずつつけて、フェリーの上で聴きましょうよ、SPECIAL EDITION。

 

最後の曲、なんて曲でしたっけ。

淡い願いの恋は、叶ってたんだった。って曲。

 

いまはまだ、流されていよう

って曲。

 

ひらりさん?

寝ちゃったんですか?

 

ねえ、ひらりさん。ぱたりと死んだように寝ないでください。寂しいじゃないですか。

寝てても、きょとんとした顔してるから、ぜんぜん説得力ないですよ。

 

ああ、僕いま、ゴロー書房の店長さんのお気に入りの話を思い出しました。

光に速度がある以上、目にするものはすべて過去だっていう話。どんなに意志が通った相手とでも、そこに距離があるなら二人は同じ世界には存在していないっていう話。

だから、抱擁したときに心が満たされるのって、そういうことなんでしょうね。世界にひとりじゃないって、気づけるからなのかもしれないですね...”

 

僕はもう一度、ひらりさんをぎゅうっと抱きしめた。

真っ暗な部屋で、コンポの液晶画面のカウントが進んでゆく。

かすかに、鼓動の音がする。

そのとき、寸分の狂いもない現在に僕らは生きていた。

 

“目、覚めちゃった。

いまね、ドーナツ焼いてるの。そう。昨日買えなかったでしょう。

天気予報で、7時6分に初日の出が見られるっていうから。それまでに焼けるように。

昨日は気づいたら寝ちゃっててごめんなさい。

なんにも悲しいことなんてないよね。

さんまの蒲焼ばかり食べてちゃだめだよ。

たけるくん、嬉しかったよ。

たけるくん、ありがとう...”

 

目が覚めると、僕の隣にはひらりさんの代わりに大きなきつねのぬいぐるみが転がっていた。

外はまだ薄暗く、部屋の空気はすんとして冷たい。

つま先で薄氷を踏むように階段を降りると、台所に立っているひらりさんの姿が見えた。

 

たけるくん。あけましておめでとう」

「ずいぶん早起きですね。今年もよろしくお願いします。」

「ドーナツ、焼けたよ。外、行こう!」

 

ひらりさんに促され、僕は焼きたてのドーナツを持って、その穴の向こうに昇る朝日を待った。

「なんの儀式ですか?これ。」

「わかんないけど。笑」

そうしているうちに空が薄紫色からピンク色になって、海の向こうから橙色の太陽が昇りはじめた。

 

わけのわからないことなどない。僕は、ひらりさんが大切だ。好きである以上に。

 

ドーナツにまぶされたお砂糖が、きらきらと輝いていた。

そのとき、寸分の狂いもない7時6分に、僕らは生きていた。

 

おわり

 

 

 

今日の一曲

 

supercar 『My Girl』