SPECIAL EDITION

SPECIAL EDITIONは日替わり月替わりのメンバーで毎日更新予定📖いろんなひとに読んでもらえたらいいなと思っています。みんなの毎日にぜひよろしくね。

Twitterは巨大な学芸会 /ヨシオテクニカ

SPECIAL EDITIONの文字の部をご覧のみなさま、はじめまして、ヨシオテクニカです。
ふだんは趣味で自宅録音をしたり文章を書いたりしている会社員で、主催の橙さんとはTwitterで知り合った縁でこのたびこの企画に参加させていただくことになりました。これから一ヶ月、「ここだけの話」をテーマにした文字の部の金曜日を担当させていただきます。よろしくお願いします。

 


この文章が公開されるのは2021年の1月1日ということで、お正月のはじまりにしてピークなのだけど、そしてこれを書いている時点では僕は実家に帰るか否かは決めかねているのだけど、でもどこにいてもこのSPECIAL EDITIONの導線の役割も果たしているTwitterをいつもと変わらずにちょいちょいと覗いているのだと思う。
ついでに云うと、この文章を元旦に読んでくれているひとがいるならば、そのひともまた一年のはじまりの日にTwitterを覗いているんじゃないかなと思う。
というわけでここだけの話、きょうはそのTwitterの話をしてみたい。

 

Twitterは僕のなかで完全に生活の一部になってしまっている。新聞はとっていないしテレビも部屋に置いていないのだけど、もし仮にいま火星人が地球に攻め込んできてもTwitterで即座にそれを知ることができてしまうから、それらの役割はこのSNSひとつでこと足りてしまう(聞いてるか火星人、まずはGoogleTwitterを叩くといいぜ)。
これをインフラと呼んでしまうことには抵抗も危うさも感じてしまわなくはないけれど、でも僕にとってこれはインフラの役目になってしまっていることは否めない。
社会のニュースも企業の広告も新譜のリリースもプロ野球選手の移籍情報も、そして市井の方々の日々の泡のような生活や思考の断片も未整理のまままいにち片手サイズの端末の画面に流れこんでくる。それはまるで世界とつながる窓で、僕はそれを生活に欠かせないものとしてとてもたのしんでしまっている。

 

Twitterのどんなところがとくに好きなのかというと、面識のないひとのものの考えかたや思っていることを知ることができるところなのかなと思う。
もちろんそれらの言語化された思考には装飾やお化粧が施されていることもしばしばあるのだけど、そんな飾り方にも個性や技術がうかがえておもしろさを感じるし、ずっと眺めていると日々のつぶやきを通じてそのひとのこと自体も知ることができるような気にだってなれてしまう。

 

当然ながらTwitterのつぶやきでひとを知った気になるなんて、そんなことは錯覚に過ぎなくて、ほんとうに知れるのはそのひとのTwitterの使いかたや捉えかた、あと何をつぶやいて何をつぶやかないでいるのか、くらいのものだと思う。
そのひとが何をつぶやかないか、っていうのはけっこう大事なことだとにらんでいるのだけど、そこまで考えようとするのはどうみても趣味がわるいし、これは完全にまいにち眺めてしまっている弊害としか云いようがない。

 

Twitterをはじめてよかったことはたくさんある。僕のアカウントの紹介文には「Twitterは巨大な学芸会」というオリジナル標語を掲げているのだけど、なにかをつくることができることに対しての憧れがとてもつよい僕にとって、おもに市井の方々のつくる素敵なものたちにふれることができたのは、ほんとうによかったなと思う。出会えてよかった作品がここにはたくさんあった。
それにこのSPECIAL EDITIONだって「インターネット上の展覧会」を謳っているから、企画のことを聞いたときは僕のオリジナル標語と一緒じゃないかとひそかに思って、ちょっとうれしくなったことを憶えている。

 

Twitterをはじめてつらい思いをしてしまったことももちろんいくつかある。得たと思ったもの、近づけたと思ったもの、そのそれらを失ったり、遠ざけられたりしてしまったことも、いくつかあった。
とうぜん時間もたくさん失っているし、個人情報も気づかないうちにがんがんたれ流していて、いろいろなものが少しずつ取られているし、宣伝も見せられているし、無料というのはつまりそういうことだったりもする。

 


そんなTwitterはもう一過性の流行というようなくくりからは外れていて、わりと存在は社会にもある程度定着したようにみえるけれど、とはいえあんまり上等なものではないというか、大きな声では云えないみたいなちょっと後ろ暗いようなイメージも付与されているように感じる。
だからもちろんこの「Twitter」みたいな単語は音楽の歌詞にはあまりでてこない。とくに絶対LUNA SEAやL'Arc-en-Cielの歌詞にはでてこない。時代の感じがあんまりきれいじゃない形で匂ってしまい、曲の寿命や世界観に影響を及ぼしてしまうからだろうか。

 

でも、だれか歌ってないかなと、僕のiTunesのなかから記憶をたどって探してみたら直接ではなくともTwitterを感じさせる歌詞がいくつかでてきたので紹介してみたい。ふだん音楽に関する文章ばかり書いているのでクセになってんだ、歌詞引用して文字数稼ぐの……。

 

  Tweet! Tweet! 孤独紛らわして
  Doom! Doom! 時にディスられて
  倍返しじゃなくてウィンク返せたら
  Alright! Feeling Arlight!
  「GRRR! GRRR! GRRR!」TRICERATOPS

  

孤独を紛らわす、まさにそう。歌詞を書いた和田唱さんはTwitterをされているのでなにか説得力がある。このひとはけっこう時代感のある言葉を歌詞にもってくるんだよね、引用部には「倍返し」なんかもあるし。

 

  タイムラインを埋め尽くせ
  出所の甘いソースで
  出会いと別れもつなぐサービス
  涙の文字舌出しながら
  「黒く塗れ」GLAY


出所の甘いソースに出会いと別れもつなぐサービス、まさにそう。歌詞を書いたHISASHIさんはTwitterをされているのでなにか説得力がある。GLAYの曲には畳くさいところがあるので、LUNA SEAラルクが使わないこういう単語も臆さず使ってくる印象がある。あと「タイムライン」は意味はともかく響きだけはちょっとお洒落なのでなんか歌詞にいけるような感じがするよね。

 

  何もかも欲しがったって失うのなら
  静かに鍵をして byebye
  「ミスティック/マインワルド」Rain Drops


静かに鍵をしてバイバイ、まさにそう。Vtuberのみなさんは当然というかTwitterをされているのでなにか説得力がある。もちろんこの一節での「鍵」の捉えかたは複数ありえるのだけど、SNSの発展で「鍵」の意味がひとつ増えたよなとも思う。

 

       そしてすとんすとんすとん
  心が少しだけ弱くなる
  だからすとんすとんすとん
  誰かに少しだけ会いたくなる
  そしてすとんすとんすとん
  何かを少しだけ信じたくなる
  そして僕達は電子の迷路で
  繋がりを求め漂う
  「シンドロームLUNKHEAD


弱くなって会いたくなって信じたくなって電子の迷路で繋がりを求め漂う、まさにそう。歌詞を書いた小高芳太朗さんはTwitterをされているのでなにか説得力がある。この歌詞はばりばりに比喩が効いているけど、これはインターネットの歌でもあり、Twitterの歌でもあるなと思う。


最後にSPECIAL EDITIONの文字の部、一月の月曜日を担当するふにゃっちさん(littlegirlhiace)の曲から、Twitterのことをわりと直接歌った、大好きな一節を引用して結びたいと思う(笑っていいともみたいだ)。この自虐的な独白から曲がはじまるのって、すごくぞくぞくする。

 

  僕は人よりも少しだけ
  歌を歌うのが上手いだけ
  人よりも少しツイートで
  笑われることが多いだけ
  「リベンジポルノ」littlegirlhiace

 


Twitterで現在をよくもわるくもきょうも眺めている。依存している自覚はあるけれど、でもたまにおもしろいものに出会えるからやめられない。井戸端会議やトイレの落書きだけではなく、ひとの思考や美意識が具現化した果てにくりひろげられる、敷居を越えた学芸会もしくは展覧会だと思いたいからだ。