SPECIAL EDITION

SPECIAL EDITIONは日替わり月替わりのメンバーで毎日更新予定📖いろんなひとに読んでもらえたらいいなと思っています。みんなの毎日にぜひよろしくね。

①ミスチル、梓ちゃん、ドラム。/ littlegirlhiaceロングインタビュー

普段あんまり自分語りしないようにしてるんですが、橙さんから「ここだけの話」というテーマをいただいたので、インタビューの皮を被った盛大な自分語りをさせてもらおうと思います。2020年12月某日、吉祥寺某所までヨシオテクニカさんに足を運んでいただき、聞き手役をお願いして実際に行ったインタビューを骨組みに、「そういえばあれも話したかった」「これも話すつもりだった」と文字起こしの段階で思い出した事や思いついた事などをガッツリ盛り込んだ結果、実際に録音したインタビューよりも3~4割増しくらいのボリュームになってしまいました。そんなものを果たしてインタビューと呼んでいいのでしょうか。恐らくこうなるだろうということはインタビュー時点でヨシテクさんにはお伝えしてあり、書きあがった時点で目を通していただき、掲載許可はいただいてあります。なので、安心してお楽しみください。

 

*聞き手:ヨシオテクニカ

*編集、文責:ふにゃっち

 

●今日は「littlegirlhiaceの全て」とでも言うべきインタビューをさせていただきたいなと思っています。よろしくお願いします。

ロキノン2万字インタビューが夢でした。よろしくお願いします」

●では、2万字インタビュー的なスタイルで、最初はまず音楽との出会いみたいなところから訊いていきたいなと思います。

「小さい頃は親が聴いてたチャゲアスをなんか良いなって思ってたりしたのは覚えてて、あとは姉が聴いてたユニコーンとか。自分から興味を持って音楽を聴くようになったのはミスチルからですね。初めて自分のお小遣いで買ったCDが「深海」っていうアルバムで。中学に上がるか上がらないかくらいだったんですけどクラスの友達が「ミスチルかっけー」とか言ってたので興味を持っていて。ちょうどそのくらいにリリースされた「深海」がCD屋さんに平積みされてたので試しに買ってみて、そこからスピッツとかイエモンとかエレカシとか聴いたりしてました」

 

ミスチル

●「深海」って当時すごく売れたアルバムで勿論ヒットシングルも収録されてますが、アルバムとしてはキャッチーでとっつきやすいかというと決してそうではないじゃないですか。小学生くらいでいきなり「深海」を聴いて、すんなり好きになれました?

「いや、ちょっと病的なムードのあるアルバムで、それに当てられたのか少し具合が悪くなりましたね。頭痛というか知恵熱というか。でもせっかくお小遣いで買ったアルバムだし我慢して繰り返し聴いてたら、その病んでる感じがだんだん気持ちよくなってしまい(笑)。そこから「Atomic Heart」とか過去のアルバムも買い集めて本格的にミスチルを聴くようになりました」

●あの頃のミスチルって立て続けにシングルヒットを連発してて、もはや社会現象って感じでお茶の間的にもすごく盛り上がってましたよね。

「すごかったですよね。あとは「es」っていう映画があって。僕はレンタルビデオを借りて観たんですけど、それがすごくかっこよくて。渋谷の路上でゲリラライブする場面から始まって。「Atomic Heart」を出してツアーしつつ一連のヒットシングルを出してた時期の彼らを追ったドキュメンタリー風の映画です。そんな感じで子供ながらにミスチルを楽しんでたんですけど、「BOLERO」をリリースして活動休止しちゃうんですよね。そこで何を聴いていいのかわからなくなって、とりあえず彼らが影響を受けたと言われている昔の海外のバンドを聴き漁るようになりました」

ミスチルが影響を受けたっていうと、ビートルズとか?

「60年代から70年代のビートルズやそのメンバーのソロプロジェクト、それからピンクフロイドローリングストーンズ、レッドツェッペリン。あとは80年代のU2エルヴィス・コステロ、ポリスとか。「Mr.Children Everything」ってタイトルのミスチル研究本を中学の時に買って、その本には今あげたような昔の海外のバンドの名前がいっぱい出てきて、それを頼りに聴き漁ってましたね。それと並行して、本屋さんで音楽雑誌やディスクガイドを立ち読みして情報収集しつつ比較的リアルタイムだった90年代のグランジとかブリットポップあたりも聴き始めたりして。ニルヴァーナスマパン、ブラー、レディオヘッドとか。中学の頃は周りにそういう音楽聴いてる人がいなくて、もっぱら本や雑誌が情報源でしたね。高校に上がるとクラスにそういう音楽聴いてる友達ができたりし始めるんですけど。でも高校時代は軽音部とか入るわけでもなくずっと帰宅部で。家に帰って何してたかっていうと…家に姉のおさがりのピアノがあって、さっき言ってたミスチル研究本を片手にピアノを鳴らして「あー、この曲ってこうなってるんだ」とかやってました。そのミスチル研究本っていうのは、ミスチルの曲がいかに凄いかをコードだったりメロディの面から解説してくれてる本なんですけど、それを読みながら一人で音楽の仕組みみたいなものを大まかにですけど理解していく感じでした。その研究本のせいで完全にミスチル信者みたいになっちゃいましたね」

●その本、凄そうですね。

「凄い本っすよ。僕の音楽的資質みたいなものに多大な影響を与えた一冊です。「もしかしたら、俺にもミスチルみたいな曲が作れるのでは?」って思わせてくれた本というか。コード進行の基礎みたいな部分はその本を読んで覚えました。このキーの曲でこういうコードが出てくるのは音楽理論的に言えば普通ありえないんだけど、実際やってみるとかっこいいし聴いてて気持ちいい、そのコードの上にこういうメロディーを乗せられるから桜井は凄い、みたいな話ばっかりでまるまる一冊っていう」

●littlegirlhiaceの音楽はミスチルからの影響をすごく感じずにはいられないんですが、ふにゃっちさんにとって本当に大きな存在だったというか。音楽を聴き始めたきっかけでもあるし音楽を作り始めるきっかけでもあって、なおかつそれが現在のふにゃっちさんにも続いているんだなと。

「自分にとってのそういう存在がいまだに第一線みたいなところで活動し続けてくれてるってのも大きいですね。こないだ出した新しいアルバムもすごく良かったし。僕もまだまだ頑張らないとって思えるので。偉大すぎる先輩というか、すごくありがたいです」

●そして、そこから割と最短距離で海外のロックの古典であるとか王道みたいな流れへと接近していってるのも面白いですね。高校時代は部活には入らなかったにせよ、同じクラスの音楽友達との交流はあったわけですよね?そこから色々と広がっていったり?

「同じクラスにイギリスの音楽が好きな奴がいて、ヴァーヴとかアッシュとか教えてくれたり。スペシャか何かで放送してたフジロックの特番とかレディオヘッドのライブを録画して貸してくれたり。当時って音楽雑誌とかのインタビューを読むと「OKコンピューターは凄い」みたいな事を誰もが言っていて、変な名前のアルバムだなぁと思いつつ聴いてみたら本当にすごくて。ちょうどミスチルが活動休止中だったってタイミングもあって、今度はレディオヘッド信者になっちゃいましたね(笑)。あとは当時ってちょうどナンバガくるりスーパーカーあたりが登場して日本のロックも面白くなってた時期で、ミッシェルだとか椎名林檎だとか、フィッシュマンズとかサニーデイ・サービスとかディーパーズとか聴いてたり。あとはスヌーザー読んだり。レディオヘッド信者でもありスヌーザー信者でもありましたね。「パブロハニー」「ベンズ」「OKコンピューター」の国内盤に付いてたタナソーのライナーノーツが元凶というか。あれはやっぱ高校生くらいの男子が読んだら変な方向に衝き動かされずにいられない、アジテート感がハンパない名文だと思うし。そういうのもあって、ちょっと拗らせてたというか。僕はそういう感じだったのでちょっと距離置いてたけど、クラスのイケてる男子達はハイスタとかブラフマン聴いたり、学祭のステージでニルヴァーナのコピバンしたり、駅前でゆず弾き語って女子からキャーキャー言われてたり(笑)。そういうのを遠目から眺めて「羨ましいな、俺だってそのうち…」とか思いつつ、自分から何か行動を起こすでもないウジウジした奴でしたよ。それは今でもそうですけど…。あと高校時代で大きな存在と言えるのは、梓ちゃんですね…」

●梓ちゃん?

 

梓ちゃん

「梓ちゃんは高3で同じクラスになった女の子で、全然話したりはしなかったんだけどちょっと気になって無意識に目で追ったりしていて。学祭シーズンになると放課後にクラスの出し物の準備をするんですけど、みんな制服から作業しやすい格好に着替えて。僕は普通に学校指定のジャージとかクラスで作ったお揃いのTシャツとか着てたんだけど、なんと梓ちゃんはナンバガのツアーTシャツを着ていたんですよね」

●ほぉ~。

「みんなで家からCDやMDなんか持ち寄って、それをBGMに出し物の準備したりして。僕は拗らせた音楽少年らしくニルヴァーナとかスマパンとかメジャーどころを抑えつつピクシーズとか初期コステロとかラインナップに忍ばせていたわけです。かたや梓ちゃんはといえば、フィッシュマンズとかスライ&ザ・ファミリーストーンなんか持ってくるわけですよ」

●素敵じゃないですか梓ちゃん…。じゃあそういうのをきっかけに親しくなったり?

「いや、僕は今も当時も自意識が肥大したシャイボーイなので…。特に何があるわけでもなく「ふぅん、あぁスライねスライ(聴いたことない)…なかなかやるじゃん」みたいな(笑)。そして何もないまま時は流れて、卒業式が終わってお別れ会って事でクラスのみんなで居酒屋みたいな所で集まって、「このまま何もないまま梓ちゃんともお別れかぁ…」みたいな事を考えながら慣れないお酒でふらつきながらトイレから戻る途中で梓ちゃんとバッタリ出くわして。そこで梓ちゃんが「学祭の準備の時ふにゃっちくんが持ってきてたピクシーズのCD、気になって私も買っちゃった」なんて言うわけですよ。僕はなんて答えたか覚えてないんですけど。同じクラスになってからの一年間で梓ちゃんと話したのって本当それくらいで、そのまま卒業して離れ離れ、みたいな。でも今でも覚えてますねぇ…」

●その梓ちゃんとのエピソードだったり存在っていうのは、littlegirlhiaceの歌詞を見るかぎり、ふにゃっちさんに与えた影響は大きかったんじゃないかっていうのが透けて見える気がしますね。

「梓ちゃん今どうしてるんだろう…」

●ふにゃっちさんの曲、聴いてるかもしれないですよ。

「それはちょっと、嫌だな…(笑)。あと覚えてるのは、ミッシェルが「カサノバスネイク」リリースツアーで町のライブハウスにライブしに来るってんで、クラスの男子数人で観にいった事ですね。家から自転車で行けちゃうような所でミッシェルのライブ観れたっていうのは日常感と非日常感が混ざり合ったようなすごく良い思い出です。夢でも見てたのかな、みたいな。でも音がデカすぎて一週間くらい耳鳴りが治らなくて「あぁ夢じゃなかったんだな」みたいな。アベフトシがデカかったのとチバユウスケがかっこよかったのと、クハラカズユキのMCが飄々としていて面白かったのを覚えてます。梓ちゃんも観に来てましたね。遠くからチラッと姿を見かけただけだけど。友達とか彼氏みたいな存在は見当たらず、一人で観にきてる感じでした。梓ちゃん今どうしてるのかな…」

●青春の一ページって感じですね。当時の日本ってオルタナ的な素養を持ったバンドが登場しつつ、メジャーシーンでもラルクやグレイといったビジュアル系だったり、ゆずとか19みたいな人達だったり、ミスチルスピッツは勿論ですが割とこうバンド系の音楽が元気にヒットチャートを賑わせていた時代だったのかなぁと。

「梓ちゃんという存在もありつつロックリスナーとしても恵まれていたというか、なんだかんだ幸福な時代だったように思います。でまぁ一応受験生だったので受験して第一志望の大学は落ちて、滑り止めで受けた長野県の大学に進学して、バンドサークルに入って、そこでようやくバンドというものをやり始めて、勉強とかそっちのけで。ちょうどシロップ16gとかアートスクールがガンガン来てた時期で、例のふにゃっちソングブックではお馴染みの「人妻をなぐさめる会」というバンドで彼らのコピーしたり、オリジナル志向の強いサークルだったのでちょろちょろとオリジナル曲を作ったり。大学入学くらいに島村楽器で買った7万くらいのフェンダージャパンのジャズマスターをいまだにメインのギターとして使い続けています」

●楽器の話でいうと、ふにゃっちさんは一人でいろんな楽器を演奏というか録音してますけど、そういう楽器を触り始めたのっていつ頃どういうっきっかけだったんでしょうか?

「ピアノは中学に上がる前くらいから触ってましたけど、あくまでミスチルの楽曲分析のために使ってただけなのでいまだに左手でコード、右手でメロディをなぞるくらいしか弾けないです。なんていうかこう…エロゲのBGMみたいな簡素な演奏しかできない(笑)。ピアノの他には高校生くらいで親に買ってもらったエレアコを部屋で一人でじゃかじゃか弾いたり。本当はエレキギターが欲しかったんだけど「高校生にエレキはまだ早い」って買ってもらえなかった。ロックは不良の音楽ですからね…(笑)。でもエレアコだったんで、ためしに押入れに転がってたケーブルを使ってラジカセにつないでみたらフィードバックしまくりの最高にクールな爆音が出せたんですよね。それで夢中になって何時間も何時間もひたすらコードストロークをこう、ラジカセに向き合ってうずくまるようにして爆音でじゃかじゃかやり続けてました」

●ギターを手にした少年にありがちな、誰か有名な人のギターソロをコピーしたりするわけではなく、ずっとコードばっかり弾いてたんですか?

「ばっかりではなかったと思うけど、もっぱらそんな感じでしたね。多分ミスチルの楽曲分析みたいなところが入り口だったのもあって演奏そのものっていうより楽曲の構造だったりコード進行への興味が強かったんだと思う。そもそもアコギだから、エレキギターみたいには弾けなかったってのもあるし。暇さえあれば部屋で一人で爆音で音楽聴いてるか爆音でじゃかじゃかエレアコ爆音で弾いてたので、親からは特に何も言われなかったけど心配されてたかもしれないですね。でもまぁ高校卒業までは文句言われない程度には勉強してたし。本当にシロップ16gの「センチメンタル」の歌詞そのものみたいな思春期というか…。高校で部活やってたらもうちょっとマシな人生だったかもしれない(笑)。基本ずっと一人でしたね。誰かとバンドをやりたい、とか楽器を鳴らしたい、というよりは楽曲の仕組みや成り立ちに興味があったというか。一人遊びの延長に音楽があったというか」

●話を聞いていると、音楽の世界への入り方がちょっと珍しいというか、独特の方向から音楽というものに興味を持っていたんだなぁと。曲を作ったりはしてた?

「ちゃんと曲を作り始めたのは大学に入ってからですね。バンドを組んで、そこでようやくというか。「ビートルズ研究会」っていう軽音サークルに入ったんですけど、オリジナル志向が強い人たちの集まりで。つってもプロ志向って感じではなくゆるい雰囲気でしたけど。そういう空気に触発されたというか。曲を作りたいって気持ちはもともと強かったし。でも大学にいた6年間…社会に出たくなくてちょっと長めに大学にいたんですけど、その間に作って人前で披露できた曲なんて10曲あるかないかって感じで。思うように曲ができない時期がずっと続いていたというか。ふにゃっち名義で活動始めてからの方が創作ペースもクオリティも段違いだし。「ぬけがら」とか「連載少女」とか「妹ほしいほしいブルース」とかはその頃に作った曲ですね。「妹ほしいほしいブルース」は当時は違うタイトルで歌詞もふにゃっちになってから書き直したやつだけど、ちょっと、妹欲しいなって思ったので(笑)」

●ボーカリストやドラマーとしての活動も大学に入ってから?

「うーん、当時もシロップの弾き語りとかは趣味でやってたけど、自分で作った曲を歌うようになったのはふにゃっち名義で「垢消し」を作ってからですね。それまでは曲を作っても他の人に歌ってもらってた感じで、自分では歌わずにギターかドラムやってましたね。ドラムは大学に入ってから始めました。サークルの部室にドラムセットがあったので「これがドラムセットかぁ」って思って触ってみたら割とすんなりエイトビートが叩けてしまったので。その流れでサークルの先輩達とのバンドにドラムとして参加して、S(諸事情でバンド名は伏せます)っていうバンドをかれこれもう10年以上やってますね。社会人になってからもずっと活動を続けて、最近はこういう社会状況もあって休止状態ではあるんですけど。ふにゃっち名義で音楽始めるまでは本当に、そこでの活動がメインでしたね」

●ピアノから楽器を触り始めて、そこからギター、ドラム、歌といった風に所謂マルチプレイヤーという括りで活動されてますけど、いろんな楽器に手をつけた理由というか、一つの楽器だけをやってくぜ!みたいな方向に行かなかった理由はありますか?

「触ってみたらなんとなくできちゃったから…(笑)。でもどの楽器も達人クラスで上手いってものはなくて、むしろ必要最低限のことしかできないっていうか。どの楽器に関しても周りには自分なんかより遥かに上手い人しかいないし。そういう人を見てるとなんか、こう…僕がそういう方向に行くのは違うかなって思うしかないというか。なのでプレイヤー的に一つのものを突き詰めたいっていうよりは色々なことを最低限できればいいかな、みたいな気持ちの方が強いです」

●どの楽器がメインっていうものがあるわけではない?

「ないですね。長いことドラマーとして活動はしてたけど「俺はドラマーです!」って自信持って名乗れるほどの域には到達できていないと思うし。ギターも指ぜんぜん動かないし。もうちょっと楽器うまくなりたいですね…」

●ふにゃっちさんにとって楽器っていうのは「演奏者として道を極めたい!」みたいなものというより、曲を作るための手段なのかなっていう。そういう楽器の中でもドラムっていうのはギターやベースとはまたちょっと違うハードルのある楽器だと思っていて。ドラムを自分で叩けるっていうのはふにゃっちさんの強みでもあり持ち味なのかなって思います。

 

ドラム

宅録を始めるにあたって最初に考えたのが、ドラムの打ち込みはめんどくさいからやりたくないなっていう。普段ドラムでやってるようなことを打ち込みで再現なり表現できるようになるにはかなり修練が必要そうだなって思っちゃって、そこに時間をかけるよりは普通に自分でドラム叩いた方がむしろ手っ取り早いかなっていう。あとは打ち込み特有のハイファイというかクリアーなドラムサウンドよりも例えばiPhoneのマイクで録った時の入力過多でグシャグシャに潰れちゃってるようなドラムの方が聴いててかっこいいなって思っちゃう方なので。ドラムセットにマイク立てて録音するようになってからもそういうサウンドの延長線みたいな」

●ふにゃっちさんはさっきメインの楽器はないと言ってましたけど、それは多分あくまでプレイヤーとしての話で、だから演奏というよりは音そのものに対するこだわりみたいなものはドラムが一番強いのかな?と。

「ドラムの音が曲の手触りとか空気感を決定づけている部分ってけっこう大きいと思うんですよね。ボーカルと同じく電気を使わないナマの空気の振動をマイクで拾ってるからなのかもしれないけど。このバンドのこの曲はどういう場所で演奏してるイメージなんだろう?みたいなことが例えばスネアの反響とかキックの圧とかシンバルの鳴りとかタムの定位から伝わってくるし。マイクの本数とか時間とか予算にどれくらい制約があったんだろう、とかも伝わってくるし(笑)。楽曲の中心はもちろんボーカルだけど、演奏の中心はドラムだと思ってるし。自分がやってるような歌ものバンドみたいな音楽だと特にドラムの音の扱いで曲の印象がガラッと変わるし、絶対に軽視できないというか。ドラムというのはただ曲の展開やテンポやリズムパターンさえ提示できてればそれでいいっていう扱いしていい楽器ではないと思うので。これはあの、自戒の意味もありつつの発言なんですけど」

●ドラムサウンドに対するそういう認識っていうのはやっぱりドラム経験者ならではの視点というか、長年バンドでドラムを叩き続けてきたからこそ身をもって理解できて実践できていることなのかなって思います。

「あと、ドラムってかっこいい(笑)。叩くとデカい音出るし(笑)」

●(笑)。そういうドラムのかっこよさ楽しさに目覚めるきっかけというか、生まれて初めてドラムセットに座って、最初に叩いた曲って覚えてますか?

「大学のサークルの部室で、自分以外誰もいないときに一人で叩いたのが本当に最初でしたね。曲としては、ウィーザーの「ピンカートン」ってアルバムの「tired of sex」っていう曲ですかね。8ビートのドラムから始まる曲なんですけど。あれのイントロ部分だけを真似して叩いてみたんですが、そしたら本当にああいう音がして「うわぁ、本物だぁ~」みたいな。まぁ僕が叩いてる時点で本物もクソもないんですけど(笑)。「ピンカートン」を知ったきっかけはナンバガの「DESTRUCTION BABY」のライナーノーツで見かけたからで、どちらもデイヴ・フリッドマンがプロデュースした作品で、ドラムの音、というか鳴りがかっこいいなと思って。だから、ドラムサウンドのかっこよさだったり奥深さみたいなものを意識し始めたきっかけはナンバガだったり「ピンカートン」かもしれないですね。オルタナ感とか生々しい空気感が琴線に触れたというか」

●そんな感じでドラムサウンドに目覚めつつ、20代半ばからの数年間はもっぱらバンドのドラマーとして活動していたわけですね。それと並行して、曲作りは続けていた?

「作ってはいたけど、ぜんぜん形にならなくて。ようやく納得いくものをコンスタントに作れるようになったのが「垢消し」くらいからですね。それまでは本当に全然で。たまに曲を作ってバンドに持ってってもボツになったり。「サテラ」って曲とか」

●いい曲なんですけどねぇ。

「僕も当時そう思ってメンバーにも聞かせたんですが、歌詞に出てきた「天文部の顧問」みたいなくだりがバンドのカラーに合わないってことになって引っ込めちゃいましたね。そんな感じで若干モヤモヤしつつ、あとは…アニメ観たりしてましたねぇ(笑)」

●アニメを観るようになったのは社会人になってから?

「いや、大学の頃にサークルの先輩がブログで「涼宮ハルヒの憂鬱」の学園祭ライブのシーンを褒めてるのを読んで、その先輩は普段アニメとか観るような人じゃないので余計に気になって。試しに観てみたらまんまとハマってしまってハルヒを全話観てしまい、「らき☆すた」や「フルメタル・パニック!」といったその他の京アニ作品も観てしまい、ゼミの後輩にオタクの人がいて、彼にいろいろ教えてもらいつつ、その頃の京アニがよくアニメ化していたkeyっていうブランドのエロゲに手を出したりして。大学を出て東京来てからは対バンで知り合ったオタク趣味のバンドマンみたいな奴にいろいろ教えてもらいつつ、秋葉原とかコミケに遊びにいったり、まぁその流れでツイッターも始めたりして現在に至る感じです。そうやってアニメに慣れ親しむと同時に、アニソンにも興味を持つようになって。いい曲だなぁって思って耳コピしたり、誰に聞かせるでもなくアコギで弾き語ってみたり。僕がずっと聴いてきたミスチルだったりスピッツだったりを感じさせる曲っていうのがアニソンの中にも結構あって、そういう曲を耳コピすることでいろいろ勉強になったというか」

●ふにゃっちさんの音楽が所謂オルタナ的な範疇に収まりきっていない理由というか、Jポップに起因するポップネスが根付いている理由っていうのは勿論ミスチルスピッツの影響が大きいとは思うんです。でもそれだけではなく、Jポップの派生系というか確実にJポップの影響下にあるアニソンの影響というのも重要なエッセンスとしてlittlegirlhiaceの音楽にプラスされているのかなと思います。日本のポップスとオルタナ的なロックの合わせ技とでも言えるような。

「ウェルメイドで人懐こいポップスも好きだし無愛想なささくれ立ったオルタナも好きで、どっちもやりたいなっていうところはあって、結果的にこういう音楽になってるのかなってのは思います」

●つまり今のふにゃっちさんに至る流れとしては、元々メインでやっていたバンド活動と並行しつつ、まずアニソンのカバーを趣味みたいな感じでやってって、やがてサウンドクラウドにオリジナル曲を公開していくことになっていく、みたいな流れなんですかね?

「そうですね、そのへんは、あの、ツイッター抜きでは語れない…」

●そっか。いよいよ始まるわけですね(笑)。

「はい…」

(続く)