SPECIAL EDITION

SPECIAL EDITIONは日替わり月替わりのメンバーで毎日更新予定📖いろんなひとに読んでもらえたらいいなと思っています。みんなの毎日にぜひよろしくね。

ここではない(絶望も希望も無い)どこか /りょー

数年前、精神病棟に入院していたことがある。


キッカケは親の介護による親戚とのゴチャゴチャで何故か馬乗りで顔面アザだらけまで殴られたり、隣人トラブルやらだけど

病院に送られ、先生から数十分ほど問診を受け、最後に「入院しますか?」と質問。正直、あの時に断っていたらより最悪な事態になってただろう。少し時間を置いて首を縦に振った(これが後々良かったことになるのだが)。

初めの数日は「裏部屋」とか呼ばれる隔離室に。本当にドラマやらコントで見たまんまの部屋だ。あるのはベッドと和式トイレだけ。首吊出来ないようにトイレにドアは無く、そのせいでずっと臭い。ときどき別の隔離室から大声でのたうち回るが聞こえたりもした。多分ベッドに拘束具で手脚を縛られてるのだろう。まぁ精神が衰弱しきっており、夢か現か幻かも分からずなので、それどころではなかったが。時計もないので時間も分からない。決まった時間に食事が配膳されるので、それで把握出来るぐらいだ。天井にカメラがあるらしいので、何かあったら大声で叫べば看護師さんを呼べるらしい。一回も使わなかったが。とにかく、おそらくこの世で最悪にかなり近い場所だった。

数日後、裏部屋から解放された。ずっとボーッとしていたので暴れる心配は無いとの判断なのだろう。しかし、本当の地獄はここからだった。

連れて行かれたのは約30人ほどの入院者たちが集まる大部屋。看護師さんたちが働いてるのが見えるので、"何か"あった時にはすぐ呼べるようになってる。テレビも2台あり、本も乏しいがいくつかある。そこだけ書けば中々悪くない場所だ。
が、とにかく雰囲気がキツい。ものすご〜く淀んで停滞感が漂っている。病院だから当然っちゃ当然ではあるが、自分には耐え難いアノ感じ。1日の楽しみといえば食事くらいしかないが、もちろん病院食なので味はお察し… 言うまでもなくスマホも取り上げられてるのでTwitterも出来ない。
そこには(パブリックイメージな?)暴れたりする入院者はいなかった。暴れたすぐに裏部屋行きだからだ。まぁテレビ前のソファーに鼻クソ擦りつけたりするのもいたが…

真綿で首を絞められてる。一言で表すとそんな感じ。老人ホームに親の見舞いに何度か行ったことがあるが、あそこに近い。ゆっくりだけど確実に死に向かってる雰囲気。入院から退院まで結局変わらなかったのは、時間が全く進まない。歳を重ねると時間が早く感じるとはよく言われるし実際入院前はそうだったけど、まぁあの空間は本当に異質だった。やる事もとい、やれる事がないのがこんなに苦痛だとは。そして停滞感がキツくてやる気も確実に削がれていく。本棚に何故か「うさぎドロップ」のワイドコミックが全巻揃っていたので読破した(アニメは見てたけど、後半唐突に変わりすぎでビビった)が、他の本は読む気になれず。また時の経つのが鈍足な日々。

独りでダメだと結局は他者とのコミュニケーションを求めてしまう。一応は(比較的重度ではない症状で意思疎通のできる)入院者と数人仲良くなれた。
例えば近い年齢の男A君。独り上京して音楽専門学校を卒業して、YUIのバッグバンドでドラム叩いてたとか(正直このへん胡散臭いが)。その後何やかんやホストに転身。更に何やかんやあって太宰よろしく女性と車で海に突っ込んだけど何とか助かり、ここへ入院したらしい。見た目は人懐っこくでホストだったとは思えないが。でもエアドラムの動きは一応経験者(プロ並みかどうかは分からないが)に見える。
同じく、近い年齢の女性Bちゃんは名古屋から来たらしい。タクシーで。東京まで。大阪にも病院あるだろうに、いくら掛かったのか、というかドライバーの反応は、とか訊きたいこと山積みだが何となく訊けなかった、何となく。
歳上の男性Cさん。優しいお父さんという感じで、何でこんなところにいるのか分からないほどしっかりしていらっしゃる。どうやら中間管理職で、更に繁忙期だったが故に入院という形になったらしい。会社コワい…
Cさんと近い年齢の女性Dさん。彼女もまたしっかりしてる風にしか見えないが、家庭の事情だとか。人間社会コワいよホントに…

大体この4人と一緒にご飯食べてたかな。その時だけ、家族団欒のような感じがした。まともな両親ではなかったからこんな一時は一度も味わったことがなかった。それだけは入院して良かったほぼ唯一の出来事かな。

とはいうものの、本当に暇である。友人たちと喋ったりもしたが、全員丸一日どこも出かけられないので、段々と話すことも無くなった。
やる事がないと身体が急激に鈍る。電源の入ってないエアロバイクがあったので取り敢えず漕ぐ。一応は入院時に持ってたウォークマンは許可を得て使えたので音楽聴きながら、漕ぎまくる。小容量プレイヤーに入れてたTwitterで交流のある、たびけんさんの『Prayer』をひたすら聴いてた。Last.fmに繋いでたら間違いなくトップリスナーになってただろう。毎日10回以上は聴いてたし。とはいうものの、エアロバイク毎日7時間以上漕いでても尻がさすがに痛くなるので断念したり。まぁ暇で暇で気が触れそうだった。小学生の頃の時間感覚に戻ったみたいで。何にも起きないから何にも書ける事が無い。

入院3週間後辺りか。1日1時間ではあるが、病院の敷地内を歩いて来ても良い許可が出た。というか、10日目ぐらいでとっくによかったらしいが… ここら辺の意思疎通が難しい。看護師さんたちめちゃくちゃ多忙で話しづらいし…
どうやら(一応)自分の意志で入院したので、他の入院者よりは自由が効くとか。
とにかく、常に一定の空調に保たれた季節感ゼロの部屋から、3週間振りに外へ出た。春の陽気に感動したのは初めてかもしれない。先述のたびけんさんのバンドHappy Valley Rice Shower『Happy Valley Rice Shower』スピッツ『名前をつけてやる』を聴きながら散歩してると涙が出てきた。生の実感をダイレクトに得たからかな。

まぁそんな感じか。あとは本当に何も出来事が起きないし暇すぎて突出して書くことが無いので…
入院1ヶ月半で退院の許可が出た。2,3ヶ月が平均らしいが、自らの意志で入院したこと、あと軽症と判断されたかららしい。友人4人は自分より前に入院してたので、期間は長いが退院日は自分より1週間ほど早かった。正直あと1週間後とか長引いてたら逃げ場の無い地獄だったのは間違いない。結局、環境がアレだろうが周囲の人たち次第で何とか生き延びられるのかなぁと。

以上で自分の入院生活はお終い。あー、この世の地獄ってこんななのかぁと直に体験できたのはある意味人生経験になったけど、ぜっっっっったいに2度目はゴメンっス。それと看護師さんの方々、本当にお疲れ様です…。